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【2024/11/22 03:05 】 |
探索9回目

 誰かに渡すにしても未練が過ぎるし、ちょっとセンチすぎるなって反省。
 渡されるほうも大変だもんね、未練なんて。
 でも、その時の私はもらう人の気持ちなんてちっとも考えてなくってね。
 誰かに渡すなら、私の未練と一緒にこの楽譜を。
 って、思ってたんだ。

 思い出したくないことでも、鮮明に思い出してしまうことってあるよね。
 私の場合は、やっぱり解雇されてしまったあの日のこと。
 演出家さんが言った、「お前はもういいよ」という一言は、今でも事あるごとに再生されてしまって、ふと、下を向きたくなる。
 その言葉が頭に浮かぶ時ってね、不思議と演出家さんの顔じゃなくて、私がどうしようもなく失敗してしまったあの初日の舞台の事を思い出すんだ。
 逆に、思い出したいのに、もう手の届かない昔に置き去りにされてしまって、いつまでもうじうじと考えてしまう事ってあるよね。
 何かつらい事が起きるたびに、私は「アイツは今どうしてるんだろう?」って考えちゃう。
 それは本当にわっかりやすい現実逃避で、結局、私ときたらこの年になってもアイツのことを引き摺ってるんだっていう情けない証拠に過ぎないのだけど。
 シーエルダー号から出て、遺跡外の街に向かって歩く。
 二日酔いがさめるまで休ませてもらったから、あたりはもう赤々と照らされていて、街まで続く海岸線を黙々と進んでいく。
 プロの役者になってからは、こうして波打ち際を歩く事なんてなくなってしまった。アイツは「ユウには才能がある」と言ってくれたけど、私くらいの才能の持ち主なんて劇団には沢山いて、だから私はほとんど毎日稽古場に通っていた。それに、お台場や他の砂浜を歩くのと、実家近くの砂浜を歩くのじゃ、やっぱり違うから。
 この偽者の島は、どこか私の故郷を思い起こさせて、ちょっと、感傷的になっちゃった。
 海岸を歩いていると、この島に冒険に来た人たちが集まって、なにかを流しているのが見えた。
 近づいてよく見てみると、それは海で濡れてしまわないようにビニールやビンにいれられた綺麗な箱とか小物とかで。
 なんか、やむおえない事情でこの島に来てしまった人たちが、故郷の家族にプレゼントを贈っているように見えたんだ。
 誰にも届きもしない、心ばかりの、自己満足のプレゼントに。
 その人たちの顔はよく見えなかったけど、彼らの背中は、私にはとても寂しく見えた。
 あの船員さんに聞いたんだけどね。
 どうも今日は、島中でプレゼントを交換する日みたいだって。島のあちこちで自分達で用意した思い思いのプレゼントを交換している姿が目に付いたって言ってた。
「こんなことなら、私も渡すんだった」
 なんて言ってたから、今から渡せばいいのにって言ったら、
「ダメ、タイミング逃しちゃったから」って。
 わかるような、わからないような。
 プレゼントを流している人たちは、もしかしたら、この島にはプレゼントを贈る相手がいない人たちなのかもね。誰にも届かないって思っていても、誰かが受け取ってくれるかもしれないと思ってそっと流すプレゼント。
 それはちょっと切ないけれど、そういうのがあってもいいのかもね。



「ユウ、うるさいよ。勉強の邪魔」
 アイツが参考書を開く後ろで、私は楽譜を読みながら一音一音ずつ音を確認していく。
 思い出の中の彼の部屋には10月だっていうのにもうコタツが用意されていて、私はそこに突っ伏して楽譜を読み上げてた。
 アイツは自分の勉強机にお行儀よく座って、カリカリと何かの数式を解いていた。
「いいじゃん、私のこれだって勉強なんだから」
 口を尖らせて抗議すると、アイツは仕方なさそうに振り返った。
「せめて音だけでも抑えてくれないか? 気が散ってしょうがないんだよ」
 アイツは足でトントンとせっかちなリズムを取っていて、その無意識の動作が、言葉よりも雄弁にアイツの苛立ちをあらわしていた。
 アイツが演劇をやめてから、ほとんど疎遠になるまでの1学期と2学期の間。
 私が思い出すことといったら、アイツが無意識に演奏するせっかちなドラムばっかり。
 そのリズムはあっちへ行ったりこっちへ行ったりで、表紙もぐちゃぐちゃだから、私はアイツに合わせて歌う事も出来やしない。
 その時も、私は素直に口をつぐんだ。
 カリカリという音と、アイツが奏でるせっかちなリズム。
 頭の中で広がる、決して表現されない音のささやかな流れ。
 最初に窒息してしまったのは、どっちだったのだろう?
 今となっては、よく思い出せない。
 思い出せないけれど、私はそれでも最後までアイツのことを好きでいられたって、そう思いたい。
 そんな自分勝手な、失恋の思い出。


 例えば、私がプレゼントを海に流すとしたら、何がいいかな?
 I-PODは、ダメだよね。もしも、仮にね。もしもだけど、どこかに流れ着いてこの島の誰かが拾ったとするよね。そしたら、I-PODじゃ使い方がわからないかもしれない。
 誰かにプレゼントを贈るなら、やっぱり喜んでもらいたいから。
 もっと単純で、わかりやすいものがいいな。
 コートとか短剣とかは、パスだよね。私が凍えちゃうし、遺跡に入れなくなっちゃう。
 来た時は邪魔でしょうがなかった短剣が、いつの間にか手放せなくなっちゃってるのは、なんか変な感じ。未だに切るのには抵抗があるから、コートとかマフラーで包まないと使えないのはちょっと不便だけど。
 なにか、方法を考えないとなあ。
 他に、あげられるものといえば、なんだろう?
 旅行かばんに何か入っていたっけ?
 ちょっと頭の中で持ってきたものをリストアップしてみて……眉をしかめた。
 小ぶりの旅行かばんに詰め込んだあれやこれや、人に見られて恥ずかしいものは少ないけれど、そうじゃなくって。
 演技指導のダメ出しノートとか、昔っからずっと使ってる練習用の楽譜とか、クビになったのにどうして手放せなくて、旅行にまで持ってきちゃった練習用のテキストとか、そういうものの事を考えてしまって、ね。
 流石にもうそういうのを見ただけで泣いてしまうようなことは無いけれど。
 手放せないくせに、見たくなんてない。
 アイツみたいだ。嫌になっちゃう。


「ねえ、それ終わったら一緒に歌おうよ」
 頭の中で大輪唱してるのも飽きちゃって、こたつに乗ったみかんをいじりながら、提案してみる。秋口だからおこたはOFF。こたつ布団だけでも十分あったかい。
 アイツの返事を待たずにハミングを続ける。
「やめろよ。もうそういうのやめたんだから」
 アイツ振り向きもしないで言う。つまらなさそうな声。
「一緒に歌うくらい良いじゃん」
 食い下がると、あいつは本当に冷たい口調で、あの時みたいに切って捨てたんだ。
「惨めになるだろ、ユウと歌うと」
 それで、もう何もいえなくなった。
 ただ、落ち込んでしまうのも、泣いてしまうのも何となくシャクで、また黙って楽譜に集中した。


 宿に戻って、あの楽譜を取り出した。
 中学の時からずっと使っている楽譜で、紙はもうぼろぼろになってしまっているし、ところどころに落書きやらメモ書きやらが書いてあってすごくみっともない。
 いつまでたっても音程が安定しなかった所は、注意書きで真っ黒になってしまっている。
 役者になってからはずっと、この楽譜は私を支えてくれた。楽譜に書かれた何気ない一言や、練習して努力したんだぞっていう軌跡が、知らず私を励ましてくれていた。
 今になって思う。この楽譜は私の宝物だったって。
 楽譜を取り出して、適当に見繕ったビンに詰めた。
 あの冒険者達が居た波打ち際に行くと、冒険者達はとっくにいなくなってしまっていた。
 彼らが流したものかな。色とりどりの沢山のプレゼントが夕日の下にぷかぷかと流されてる。
 私は彼らに負けじと、持ってきたビンを海に向かって思いっきり投げたんだ。
 オーバースローだよ? もう、全力。
 ずっと気がつかなかった、あの楽譜にこめられた私の想い。
 ただの意地だけでずっと抱えていた私の気持ち。

 キミに一緒に歌って欲しかった。

 ねえ。
 もしも誰かが、あの楽譜を拾うことがあったら。
 その時は、一緒に歌えたらいいなあって思うよ。そうなったら素敵だなあって。
 それから、記憶の中のアイツにアッカンベってしてやるんだ。

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【2010/06/25 01:08 】 | 偽島 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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