何をしたらいいのかわからないって言ったって、何かはしなくちゃいけない。
島についてから少し歩いたら、いくら鈍い私だって、何かおかしいぞってことくらいには気がついていたんだ。
私に届いた招待状は、ミステリーツアーのお知らせ。これが本当にただのミステリーツアーなら、参加者にスケジュールの説明なり泊まるところの説明なりがあったってよさそうなもんじゃない?
でも実際には、船で短剣を渡されて放り出されただけ。流石に気がつくよ。おかしいって事くらい。
あ、うん、おかしいって言ったらもっとわかりやすくおかしいことがすぐ目の前にあるんだけど……どうしよ? それ、触れるべきなのかな。躊躇したって、現実は変わらないし、この現実のほうが私の現実逃避よりよっぽど現実離れしているから……み、認めたくないというか、なんというか……。
私はね、今、おそらく私と同じでこの島に連れてこられた人たちが向かっている先に、こう……ついていってる。気分はもうハーメルンの笛吹きについていっちゃう子供。ぞろぞろぞろぞろって、道の先のほうまで人? が見えるから、結構な人数。
それでね。何がおかしいって、何が現実離れしてるかって言うとさ。
え、えーと、見たまんま受け入れるならね?
ちらっと空を見上げると、箒に乗ったかわいい女の子がふわふわと飛んでる。明るい髪を大雑把に二つに束ねただけなのに、下から見てても髪がきらきらと輝いてて、彼女が飛んでいるだけで、道行を明るく照らしてくれているような、そんな気がしてくる。そういうところ、有名なアニメの魔女の女の子みたい。宅急便のね。小さいころ、励まされたっけ。魔女って本当に居たらいいなあってあこがれたこともあったけど、実際に飛んでるところを見ると、やっぱり感動。箒に乗る姿も危なげなくて、あの箒に乗れば私だって飛べるんじゃないかって思っちゃう。実際、そんなことないんだろうけど。いやいやいや、そもそも箒は飛ばないし、掃除用具だし。
空を飛んでいるのは何も魔女さんだけじゃなくてね、ふわふわと空を飛んでる人たち? が何人も居る。箒に乗ってるくらいなら、自力で飛んでないだけまだ普通……かも。
思い思いに道を歩いてるほかの参加者達だって、もうすごいよ。負けてない。……勝っていい事があるのかわからないけど、負けてない。
私の少し前を歩いているお侍さん達が、不意にこちらを振り向いた。私、なにかおかしなことをしちゃったかと思って首をすくめると、お侍さんは私のことなんて意に介した様子もなく向き直る。虚空に向けて何か呟いたから、一瞬、ちょっとおかしな人かもと思ったけど、その一瞬だけ宙に女の人の幻が見えたような気が……か、考えない考えない。よく見ると肩のあたりを重そうにしているのも、少しだけ気にな……気にしない気にしない。振り返った時にちょっと見ただけだけど、なんか、怖い目をしてた。気を張ってるというか、すごい役者さんが、舞台の上で見せる怖さって言うのかな。ちょっと違う気がするけど、そういう威圧感。
……うわ!? い、いまゴキブリの格好した女の子が通り過ぎた!! ……ん? どっちかというかむしろあれは人間の格好したゴキブリと言うか……えー……。一瞬かわいい女の子と見せかけてゴキブリって……。余計な事を言って傷つけたら嫌だし、関わらないように気をつけようっと。って、人並みに傷ついたりするのかなあ。なんか妙にタフそう。わ。今私ひどいこと考えてるね。
ね。おかしいというか、これで何も感じなかったら、私のほうが異常だよ。この状況。
ミステリーツアーって言うのなら、今のこの状況がミステリーだよね。しかも、何を解いたらいいのやら。無茶振りもいいとこ。
だから、とりあえずはってことで、人の流れにあわせて歩いてみてるんだ。偽島って呼ばれてるこの島、ちょっと観光する分にはとってもいいところみたい。島の中心には何かの遺跡があって、みんな、そこを目当てに歩いているみたいなんだけどね。遺跡の外には、露店やらお店やらがたくさん並んでてね。宿屋だって酒場だってあるんだから、泊まるところには苦労しなさそう。露店には、私が見たことのないものがそれはもうたっくさん並んでて、見ているだけでも楽しくなってきちゃう。って、この島に来てから、私が見慣れているものなんて殆ど見てないなんだけど。
私がついていってる(目立たないように、こっそりとね)集団は、どうもすぐに遺跡に入るみたい。露店を見て色々買い込んでた。
早速真似しようと思って露店に行ってみると、ええと、アクセサリひとつ、5ぱわーすとーん?
「って、えええ!? 日本円使えないんですか!?」
叫ぶ私に、怪訝そうに店主さんは眉をしかめた。
「たまにそういうこと言うやつ居るけどな。そんな紙切れで大事な商品売れるわけねーだろ」
「りょ、両替え所は?」
「ねーよ。この島じゃ売買は全部PS。ねーなら顔洗って出直しな」
「う、うそでしょ?」
「嘘ついて何の得があんだよ」
がっくりと肩を落とす私に、追い討ちをかけるように店主さんが言った。
ま、まずいよ。困った。
ってことはきっと、ここにある施設……私、全部使えないよね? 無一文ってことだもん。
「なあ、あんた遺跡に行くんだろ?」
「このままだと、そうなるかも」
店主さんを見返すと、店主さんは黙って私の持ってる短剣を指差す。
「だろうな。そういう物騒なもんを持ってるやつは、みんな冒険者だ」
だって。
船着場で係員の人が言ってた健闘って……こういうこと?
「おら、餞別だ」
言って店主さんが投げてよこしたものを、あわててキャッチする。
「なんですか、これ?」
「パンくず」
……うぅ、世知辛い。
「なんだよ、嫌なのか?」
「い、いえ、もらっておきます!」
パンくずでも、何にもおなかに入れられないよりは、きっとマシ。
「じゃあな、健闘を祈る」
……もう、いっそ何にも期待してくれないくらいのほうが清々しくていいと思うな。
それで、結局遺跡にまで入っちゃうんだから、私ってやつは自分がないというか、流されやすいというか。
なんなんだろうね? 本当に。
あ、でも言い訳はさせて欲しい。
人間、本当に混乱すると状況に流されるものみたいだよ。経験者は語るってね。
遺跡の入り口はひどく狭くって、人一人がやっとは入れるくらい。そこに、何人もの人たち? って、もう「?」マークつけるのも疲れちゃったから、人たちでいいや。人たちがね、吸い込まれるみたいにして入っていく。よく躊躇しないよね。慣れてるのかな。
順番に並んで、私もおっかなびっくりついていくと、すぐに行き止まりに突き当たった。祠みたいなちっちゃな部屋で、なんか不思議な紋様が二つ、描かれてる。
不思議な事に、先に入っていった人たちの姿は影も形も見えなくて、この部屋には私一人だけ。
だからかな、ピンときちゃった。
これ、きっとジョシュアさんの言ってた魔方陣ってやつだよ。
確か、右は平坦な道で、左は大変な道。
考えるまでもないよね。もちろん、迷わず右の魔方陣を選んだ。
選んだからってどうなるとか、全然、思ってなかったんだけどね。
ジョシュアさんの言ってた通りに、目の前にある魔方陣を頭に思い浮かべたら……急に、視界が開けたんだ。
白い雲、見渡す限りの草原に、ちょっとやそっとじゃお目にかかれない蒼い蒼い空。草花のにおいがふと鼻腔をくすぐって、適度に湿り気を含んだ心地好い風が、さっと私を撫でた。
「……うわぁ」
思わず、口を開いてでたのは、感嘆のため息。
今更ながらあわててあたりを見渡すと、薄暗い遺跡の入り口なんてどこにもなかったみたい。
視線を地に落とすと、つくしでしょ、タンポポに、セリ、ナズナが、季節も場所もお構いなしに咲き乱れてる。……とっさに、あ、食べられる草だって思っちゃった私を責めないで欲しい。無一文ってそれだけ心から余裕を奪うんだから。
さりげない振りして沢山採っちゃった。内緒。
先に入った人たちも思い思いに探索してたから、私もなんだか安心しちゃってたんだよね。そのときまで、何で短剣なんか渡されたのか、なんて考えてなかった。遺跡が危ない場所だなんて、これっぽっちも想像してなかったんだ。
野草の採取に夢中になってたら、ふいに陰がさした。見上げると、緑色のなんかもさもさした二足歩行の「何か」が覆いかぶさるように私にのしかかってきてる。
って、うそでしょ!?
「え、え!? って、ええええ!」
あわてて逃げ出す。
『それ』はなんか気持ち悪い走り方で私を追ってくる。
とても逃げ切れそうにない。
「助けて!」って叫んでも、他の人たちはこちら一瞥するだけ。
何か重い荷物が邪魔で、重心をとられて前のめりになって。
突っ伏して、転んだ。
すぐに振り返ると「そいつ」は腕を振り上げて、引掻くように手を振り回した。
どうしたらいいのか、どうなっているのか。
……わからないよ!
何か、咄嗟につかんだものをあわてて振り回す。すぐに自分が持っているものを確認して、驚いちゃった。
それは、重くて重くて、逃げ出すのにも邪魔になってた、短剣。
そのときになってようやく、私、わかった気がしたんだよ。
自分の身は、自分で守らなくちゃいけないんだって。
それも、この島のルールなんだって。
だから、とにかく叫んだんだ。
何でもかまわないから。
圧し潰されてしまわないように。
「こ、こないでぇ!」[0回]
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