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【2024/11/21 17:03 】 |
偽島スケッチ、中学3年生

 進路相談と聞くと、少しだけワクワクした。
 あの頃の私は、なんにも知らないくせに、十年後、私はかっこいい大人になってると信じきってた。
 かっこいい大人になるのは当たり前なんだけど、どんな風にかっこいい大人になるかは自分で選ばなくちゃって、多分、そう思いこんでいたんだよね。
 そのくせ、将来を決めてしまうのは、少しだけ怖かったんだ。怖かったって言うか、今決めてしまうのは勿体無いって、思ってたのかも。
 だって私は、自分になにが出来るのかまだ何も知らない。

 将来の夢、とかかれたプリントに近藤さんが自信満々に筆を入れるのを目の端に捉えながら、私はどうしたらいいのだろうと頭を抱えてた。
 なんとなく、みんなの様子を伺うと、プリントを眺めたまま呆然としてる人とか、なにか書いては消しゴムをこすってる人とか、急かすみたいにカリカリと何事かを書き込む人とか、十人十色。なんとなく、みんなやっぱり悩んでいるんだなと思って、少しほっとした。
 初夏の風が教室に吹き込んできて、カーテンを揺らす。風が入ってくるのは気持ちいいけど、教室の内側に張られたカーテンが顔にまとわりついてくるのはちょっとうっとうしい。暖かい土の色をしたカーテンに、顔をうずめて、私は、第一希望にその言葉を入れようかどうか、真剣に悩んでいた。
 道徳の時間、プリントを渡してすぐに、先生は「ここに将来の夢を書き込んでください」って言った。みんな、そんな急に言われても困るってぶうぶう言っていたのに、プリントを渡されるとすぐに真剣な表情になって、気がついたら、教室は鉛筆の音と人肌の風に覆われてるみたいだった。
 第二希望と第三希望に、教師と保育士とだけ書いて、その日は提出した。
 親の仕事と、目の前の先生の仕事。
 身近に感じられる仕事が、それしかなかっただけだった。

「なんて書いた?」
「声優」
 近藤さんは、プリントを渡された時と同じように、なんだか、「当然!」みたいに胸を張って答えた。
「なんで?」
 そういう姿を見ると、あ、この人はきっと声優になるんだなと無条件に感心してしまって、尊敬みたいな気持ちが湧き上がってくる。あの近藤さんが、ちょっとかっこよくすら見えた。
「好きだから」
 近藤さんはぶれない。
「進路って、そんな簡単でいいの?」
「はるかはなんて書いたの?」
「書かなかった」
「役者になるんじゃないの? 演劇部だし」
「……そんな簡単でいいの?」
「書かなかったらなれないよ? もう競争は始まってるんだから」
 近藤さんの言う事は、時々過激だなあと思う。
 変わってる。
 だけど、自信満々に言い切る近藤さんはやっぱりかっこよくて。
「第二希望と第三希望は?」
「書かなかった。必要ないでしょ?」
 ちょっと、うらやましかったんだ。

 進路志望のプリントを手に取った。
 第一希望の欄には、消しゴムで消した後が残ってるだけだけど、私には、微かに「俳優」って書いてあったのが読めた気がした。
 書いちゃっていいのかなあとか。ほんとうに私が目指してもいいのかなあなんて、やっぱり思うんだけど。
『書かなかったらなれないよ』
 私は、恐る恐るその最初の一文字を書き始めた。
 クラスの男子が
「俺、無難にサラリーマンって書いたよ」
 そう、誇らしげに話すのが聞こえていた。

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【2010/06/11 10:31 】 | 偽島スケッチ | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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