牧野瀬 悠のプロフィールより
ちょっと強めに目をこすってみる。だってほら、未だに見てるものが信じられないというかさ。
「トンネルを抜ければ」って言うよね。だから、私が見てるものってそこまで不思議じゃないに決まってるというか、夢に決まってるの。ね、ちゃんと自覚あるんだから。だからほら、見たまんま口にしたって大丈夫、へいちゃら。
いくらなんでも、遺跡に入ったらそこには青空と白い雲、それに見渡す限りの草原と山々が広がっていました……なんて、信じられる?
目をつぶって、深呼吸。
一、二、三、とゆっくり数えてから、落ち着け、と頭の中で何度もリフレイン。何年か前に買ったポケットサイズのオーディオプレイヤーを手にしっかりと握って、左だけイヤホンを突っ込む。音量は小さめ。BGMにするには小さいけれど、聞こえないほどじゃないくらい。そのくらいが、落ち着くんだ。
微かにリズムを刻むのは『また夢で逢いましょう』で始まる四拍子。まさにそんな気分。
よし! と気合を入れて目を開く。
……変わってない。
うぅ、認めたくないよう。
だいたい、おかしいとは思ったんだ。だって、いまどきミステリーツアーって言ったって、魔方陣を使用してくださいって、そんな。魔法陣って。
周りの人たちがさも当然そうに頷いてるからちょっと納得しなくもないけど。……いやいやいや、魔方陣ってそんな。魔法陣って。
もうね、引き返して「お互いにいっそ致命的な勘違いしているような気がするんですけど」って、何度言おうかと思ったか。
言わなかったのは、何か、今更手遅れな気がしてたから。
確かめたくない事実ってあるよね。知らぬが仏っていうか、単純に、他人から聞きたくないことって。
それとね、もうひとつ。
認めたくはないけど。
……遺跡の中を吹き抜ける風が少しだけ気持ちよかったんだよ。草の匂いが、ふと鼻腔をくすぐってさ。
風に吹かれてさらさらと髪がなびくのも、なんか、テレビCMの一場面みたいで。ちょっと髪をかきあげてみたり。
なによりもね。この景色がもう失われてしまった、どこか特別なもののように見えて、私は感動してしまってたんだ。
事の起こりは、本当に単純なんだ。
その、ね。あんまり詳しく話したくはないけれど、劇団をクビになってさ。だから寮を引き払おうと思ってたら、ミステリーツアー参加のお知らせが届いてたって、ただそれだけのお話。幸い、蓄えはあったし……やっぱりね、ちょっと傷心旅行もしたい気分だったから、思い切って参加してみたんだ。
あの時もポケットに入っていたプレイヤーから、再生ボタンになったまま、何かの音楽が流れててね。だからかな。いつまでも立ち止まっていないで、ちょっと、歩いてみようかなって。そう思ったたんだ。
どうか、この旅は。
まだ何も理解していない、立ち止まったばかりの私が。
これから、再び歩き出すまでの物語。
……に、なるといいなあ。
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