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ミステリーツアーだって聞いてたんだ。
どこに連れて行かれるのかも、そこでどんな事件が起こるのかも何の説明もないまま、豪華客船ってほどではないけど、最低なんて口が滑ってもいえない、ちょっとリッチな船に揺られて丸一日。船にはいろいろな人が乗っていてね。なんか忍者っぽい人とか、そもそもこれは人なのかなあ? なんて思えるような何かとか、仮装パーティーにしてはちょっと凝り過ぎな人たちに囲まれての船旅は私の人生の中でも五本の指に入る居心地の悪さだったんだ。なんだろ、場違いっていうか……普通でごめんなさいってお空に向かって謝りたい気持ち。だからね、傷心旅行って感じじゃなかった。それがいいことなのか悪い事なのか、ちょっとわからない。ちょっとね。 ふさぎこみたい気持ちのときに、周囲の状況がそれを許してくれないって、なんだか、笑っちゃいそうになるよね。何で私、悲劇ぶってるんだろう? って。 世界はこんなに能天気なのに。 だからね、気が紛れたけど、やっぱりもやもやは全然晴れなくって。私は私の至らなさを思いっきり責めてやりたいのに、航海は驚くほど順調で、青空には雲なんてひとつもかかってなくて。天気だって、私の代わりに泣いてくれたっていいのにね。 煮え切らない何かを抱えたまま、笑顔だけは顔に張り付いてて。私は私のことで目いっぱいで、結局、周りのことなんて何にも見えていなかったんだよ。 船旅は、ずっとそんな感じ。 航海を終えて船を下りると、そこはどこかの島だった。偽島、なんて呼ばれてる島なんだって。 ミステリーツアーにふさわしい、なんか嘘っぽい名前の島。 髑髏島とか首吊り村とかに比べたらちょっと弱いけど、偽物の島、なんていかにも何かありそうじゃない? その証拠に、船から下りる時に剣なんか渡されちゃった。 流石に刃は潰してあるんだろうなあってなでてみると、 「痛っ」 ……え……えーと、銃刀法とかって大丈夫なのかな、この企画。 一応、係員の顔をうかがってみたんだけど、どこ吹く風というか、呆れて私を見ているだけというか……。 「そういう趣味のやつも居るからな、今更驚きはしない」 趣味とかそういう問題じゃなくて。 ……何故抜き身の刃物を私に渡されますか? これ、刃渡り40cmくらいあるんですけど……。 「鞘はこれな」 ……そういう問題ではなくて。 じと目の私を無視して、係員の人はさっさと私の背中を押す。 「健闘を祈る」だって。 な、なんの健闘を祈られたんだろう? は、犯人当てでもするのかな。そ、そうに決まってるよね。こう、推理とか何かそういうやつ。ミステリーツアーだし。うん。 刃物はきっとどこかで使うんだよ。た、たぶん、崖でね。犯人に襲われたりしてさ。きっとそう。それってなんか犯人か殺される人の役回りな気がするけど、……気のせいだよね。 ま、まあ。とにかくさ。 どんと来いって、ね? 傷心旅行でもさ、楽しまなくっちゃ。 相変わらず何の説明もないまま、他の参加者が歩くのについて行く。だってそれしか目安になるものがないから。それから、20分くらいかな。なんかこう『吟遊詩人』! って感じの人に声をかけられた。あー、次くらい私の番かなあって思ってたから、あんまり驚かなかったよ。だって、この吟遊詩人、参加者みんなに声をかけてまわってるんだもん。 これから起こる何かの事件を解決するためのルール説明をしてくれてるみたいだから、彼の言う事は要チェック。吟遊詩人さん、名前はジョシュアさんっていうんだって。 ジョシュアさんの着てる服。凝った衣装だなあってじっと見てみたら、これがまたすごいんだ。私の居た劇団の衣装さんが作る服だって、ああは作れないよ。なんていうのかな、生活感っていうのかな、このイベントのために用意された衣装っていうんじゃなくて、本当にジョシュアさんがあの服を着て旅をして周ってたみたいな、そういう、着慣れた感じ。つい、まじまじと見ちゃった。持ってるハープだって、本当にジョシュアさんの手に馴染んでてね。一曲、聴いてみたくなっちゃった。 ジョシュアさんがこれで意外にいい人で、これから先ことあるごとに私に助言をくれるようなら要注意だよね。絶対、『意表をついて犯人』のパターンだよ。……最初に殺されちゃう人ってパターンはないと思うな。 だから説明も台詞も手馴れたもの。というか、ちょっとしたやっつけ感があるくらい。そりゃ、私が見てただけで20回くらい同じ事を言ってたから、飽きも来るよね。私だったら頭おかしくなりそう。 「探索が順調に進むことを祈ってるよ。・・・まぁみんなに言っているから、祈りの成果は期待できないけどね。」 ほらね、みんなに同じ台詞を言ってるんだよ。同じ役者としてね、そのくらいはお見通し。 「元」だけどね……。 もし船に乗った人全員に言ってるなら、きっと100回くらい同じ事を言ってるんだよね。ちょっとね、嫉妬しちゃう。ジョシュアさんには「役」があるんだから。 「お疲れ様です」 労いついでに笑いかけると、ジョシュアさんは不思議そうに笑った。何かおかしなことを言ったかなと思ったけど、ジョシュアさんはそのまま、得心したように微笑むだけで、もう何も言ってくれなかったんだ。 なんかもやもやした気持ちのまま、ジョシュアさんが示した方向に歩き始めると、背後から「がんばってね」って聞こえた気がした。 なんとなく振り返ったら、ジョシュアさんはもうとっくに私の後ろに居た人に声をかけてた。 この島に、他に私に声をかけてくれる人なんて居ないし…… 気のせい、だよね? そうじゃなかったとしてもさ。 がんばって、って。 私はもう、何を頑張ったらいいのかわからないんだ。 PR |
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