『日々退屈を感じている諸君への招待状』って一文から始まる招待状の事、知ってる?
実は、私は知らない。
この島に何かの目的を持って訪れた人のほとんどは、招待状をもらってるんだって事も、つい最近知ったんだよ。
その招待状には、この島で七つの宝玉を集める事が出来たら、この島にあるものは何でも持ち帰れるって書いてあるんだ。
でもね、招待状の内容は女の子の噂話みたいにどんどん尾ひれがついてるみたいで、七つの宝玉を集めたら何でも願いが叶うんだって語る人も居るし、この島には本当は宝玉なんかどこにもなくって、島に集められた冒険者達を使って盛大な実験がされてるだけなんだって嘯く人も居る。
他にもね、宝玉を全て集めないとこの島から出ることが出来ない。そう言う人も居るんだよね。
ここで生活していくだけなら、きっと遺跡に入らなくても何とかなると思う。実際、既にそうやって冒険者の人たち相手に商売している人だって、見たこともあるし。
でも、東京に帰ろうと思ったら、やっぱり遺跡探索は避けては通れないみたいなんだ。
遺跡の入り口にもう一度足を踏み入れると、初日と同じようにあの小さな部屋にたどり着いた。
あの時は状況に流されるばっかりで周囲を観察する余裕なんてなかったけど、今はちょっとこの部屋も調べてみようかなあって気になってる。調べたって何がわかるわけじゃないけどね。ちょっとは用心しなきゃ。
魔方陣が二つ、右足と左足。それは最初と変わってなかった。だから、入る時はまたここからみたい。一度入ったらずーっと潜りっ放しで探索しないといけないのかな……。
自慢じゃないけど最初に遺跡に入った時、私結構歩いたと思うんだよね。
もう一度歩きなおすのはちょっとなあ。
「はぁ」
思わずため息だって出ちゃう。
またあそこまでいける保証もないし。
それにしても、綺麗だったなあ。『シリウス浮かぶ河』遺跡に入ったら、まずあそこを目指そうかなあ。どれだけ歩いても、きっとあの景色見たら疲れなんてどこかに行っちゃいそうだからね。
それに、遺跡の外の町のあの『波打ち際』も、綺麗だった。というより、ちょっとメランコリックな気分にさせられちゃった。私の流した大切な楽譜、誰かの所に届いてたらいいな。
って、こんな事考えてる場合じゃないや、今は遺跡に挑まないとね。
「え、あれ!? ここどこ!?」
今度こそ魔方陣を選ぼうと顔を上げたら、あの小さな部屋の景色が様変わりしていて、つい声を上げてしまった。
いつのまにか、あの部屋にあった窮屈間とか、陽の光に当てられて浮かび上がった埃なんかどこにもなくなっていて、代わりにどこかで見たような波打ち際が視界一杯に広がってる。
寄せては返す波の音がざーざーと耳にうるさい。海面から吹き付ける風が髪とコートを容赦なく煽って、ばっさばさになってしまわないようにあわてて押さえた。
あの波打ち際にワープしちゃった?
なんかよくわからないけど、短い間に不思議な事なんていくつも体験してるから、冷静にそんなことまで考えてみる。
……?
ワープしちゃったとか考えてる時点で、全然冷静じゃないかも。
ああ、ややこしい。
あ、でもよく見ると周りの景色とかちょっと違うよね。地形も違う気がする。遺跡の外にはあんな床っぽい所とかなんか天に届きそうな山岳とかなかったもん。
と、なるとどういうことなんだろう?
えーと、ジョシュアさんなんて言ってたっけ?
遺跡に入る時は魔方陣を思い浮かべるんだとか何とか……そんなこと言ってたような……?
魔方陣って、星が河に浮かんでるあの景色とか、だよね?
ってことは……私が思い浮かべたあの波打ち際の景色で、魔方陣が誤作動しちゃったとか?
まさか、ねえ。
そんなこと、あるわけない。
……よね、たぶん。
うわ、どっちにしろ全然自信がない。
あってる自信もあってない自信も無いって、えーと、つまりこれって。
「……入り口から迷子になっちゃった?」
嘘でしょ?
悩んでても答えなんて出ない。
これが数学だとしたら、正解どころか数式すらわからないんだもん。もう、お手上げ。
神様とか人生とかって、ほんと、侮れない。
設問
次の状況に陥った時の人生における最良の選択を論述せよ。
状況。
あなたには、なにもわかりません。
……ひどすぎる。
いくらなんでも無茶振りが過ぎると思う。これならまだ初合コンのほうが難易度低いって。……オロオロしてれば時間になるんだから。
うぅ、いつまでも考えてても仕方ないよね。
しょうがないから、適当な方向に向けて歩いてみる事にする。
歩きながら、それでも、考えてみる。
遺跡を探索するって、しょうがないよね。今はこれしか出来る事がないんだから。
目的は? って、帰るために。……外で待ってたらいずれ迎えが来るかもしれないけど、来ないかもしれない。遺跡を探索したらもしかしたら帰れるヒントが見つかるかもしれない。もしかしたら、この島がびっくりするぐらいのドッキリ企画で、宝玉を七つ集めるオリエンテーリングなのかもしれないし。信じてないけど。案外本当にミステリーツアーで、主催者が私のことを見守ってくれてるかもしれないし。
……かもしれない、ばっかり。
本当に、なんにもわかってない。
誰かが聞いたら答えてくれるわけでもない。
そう、考えなくちゃいけないことって沢山ある。
また襲われたらどうしよう?
PSをもっと溜めないと、のたれ死んじゃうかもしれない。
船長さんの船の材料、探してみないと。
短剣なんて使ったことないから、練習しないとダメだよね。
でも、切ったらまた殺しちゃう事になるかも、それでいいの?
……どうして私のところに届いた招待状は、『ミステリーツアーのお知らせ』だったんだろう?
招待状を送った人と、私にお知らせを送った人は、違う人だった、とか? ……そういえば、あのダイレクトメール私のこと名指ししてた。他のみんなに送られたものもそうなのかな?
考えても考えてもきりがない。
ただ、考え事をしている時だけは少しだけ、不安を感じずにすんだんだ。
ここはもう遺跡の中だから、またいつ襲われてもおかしくないんだよね。
そういうことに気を張っていたら、気がおかしくなりそうだから、極力そのことは考えないようにしたいじゃん?
頭の中の要領を心配事で一杯一杯にして、すぐそばに迫る本当に不安な事は考えずにいたい。
どこかでそう思ってたからかな。
そのハムスターを見たときは、最初何がおかしいのか、全然わからなかった。
いや、違和感はもうほんとばりばりだったんだけどね。
何か違うなあって思いながら、なんとなく嫌な予感がして短剣に手を伸ばしてた。鞘はつけたまま。
すごい勢いで突進してくるハムスター。
で、流石の私も気がついたんだ。
遠近感、めちゃくちゃじゃない?
っていうか……
「でっか!!」
冗談じゃなくて、私の身長くらいあるハムスターが飛び掛ってくる。
え、えーと! 私の身長って160だから……、160cmのハムスター? だよね、計算するとそうなるよね? ありえないから!
すぐさま横っ飛びでハムスターの車線? から外れると、通り過ぎてったハムスターを視界からはずさないよう振り返る。
咄嗟の行動にしてはわれながらナイス判断。なんか、ちょっとだけ体が動くよになってきてる?
恐怖心を紛らわすように、音楽を口ずさむ。
何がいいかな? 考えてる暇はないから、すぐに思い出せるやつ。
今の状況なら、WHY? なぜ? から始まるポップな二人組みの探偵のアレ。また誰かが突然ドアを叩くって、巨大なハムスターはお断り。事件の予感はひしひしするけどね!
そこまで条件反射で行動しながら(我ながらなんて意味のない条件反射)
なんかね、急に悟っちゃったんだよね。
あ、何もまじめに戦う必要ないじゃんって。
殺すのも殺されるのも嫌だもん。
あの不思議な人と、NOAH商会を名乗る男の人は「覚悟もなく狩りをするな」って言ってたけど「NOAH商会をよろしく」とも言ってたけど、今はそれはどうでもよくって。
私の、この遺跡の探索の仕方。
なんとなく、これでやってみようっていう「何もわかってない私の遺跡のもぐり方」って言うのかな。
そういうの、わかったような気がしたんだ。
全力で走っただけじゃ、きっと追いつかれちゃう。
だからさ。
『全力で、逃げ切るために戦おう』って。
たった今、そう決めたんだ。
短剣の柄と、鞘についた紐を、両手でぐっと握り締めた。
これできっと、振っても飛んでいかないよね。
嫌な予感しかしないけど。
「……うん。全力で逃げるよ!」
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