遺跡の外をしっかり見て歩くのって、そういえば初めてだった気がする。
この島に着いたときは周囲の人たちに流されるまますぐに遺跡に入ってしまったし、遺跡の外がどうなっているのかなんて落ち着いて見てまわる暇もなかったんだよね。
今私が置かれてるこの状況。
どう考えたってミステリーツアーなんて言葉で片付けられるようなレベルをずっと超えちゃってる。
言葉をしゃべるウサギを追いかけたら見知らぬ土地にたどり着いちゃったってほうがまだ説得力があるよ。
それでね、途方に暮れててもいいんだけど。
……よくないか。
なんかさ、私は今ちょっとだけ元気と言うか。
何かしなくちゃって気持ちでいっぱいなんだよね。
悲観してても、成り行きに身を任せてても何も始まらない。だから、何でもいいから動き出してみようって。
出来る事なんて、とりあえず遺跡の外をぶらぶらしてみる位が関の山だけどさ。
ちょっと歩いてみてわかったことは、こと生活する事、冒険する事に関しては、この島で手に入らないものなんてないんじゃないかってこと。
島には、遺跡探索をする冒険者の人たちを目当てにしたお店がたっくさん並んでて、それだけじゃなくてね、道行く人の会話を聞いてると、個人個人でも遺跡で手に入れたもののやり取りとか加工とかが活発に行われてて、もう、私の実家のシャッター街なんて全然目じゃない。比較にならないよ。すごい活気。
それでも一応島暮らしなわけじゃん? 流石にアイロンだとかパソコンだとか、電化製品までは手に入らないかなあって思ってたら、唐突に自動販売機が置いてあったりしてね。なんだろ? SFもフィクションもノンフィクションも織り交ざった、文化のごった煮って感じ。
「……あ、この自販機。円が使える」
ほんの数日見てなかっただけなのに、なんだかとても懐かしいものを見たような気がして、その自販機の前に立った。
自販機の前、ほんの数メートルだけが私がもといた世界。日常って気がして、何となく立ち去りがたくなっちゃったんだ。
そこからちょっと進めば、私が降りた船着場までもうすぐ。
自販機を見てホームシックなんてちょっと恥ずかしいけど、もう一度だけ船着場に行ってみようと思ったのは、だから、その自販機を見たおかげだった。
もしかしたら、迎えの船とか来てるかもしれないでしょ?
結論から言うと、迎えの船どころか、その船着場には船なんて一艘もついてなかった。近くを行く冒険者の人に、船の予定を聞いてみたんだけど、誰も知らないみたい。
「帰る方法があるなら教えて欲しい」
切実な目でそう言われてしまって、私は何も言えなくて。
その人は、そんな私に少しだけ哀れそうな目を向けて、どっかに行ってしまったんだ。
帰る方法なんて、もう無いのかな?
わからないよ。まだ私は何にも知らない。この島のことも、遺跡の事も。そういえば、何で私のところに招待状が届いたのかってことも。
……誰がそんなもの送ったのかってことも。
悪意なのか、他の意図があるのか、置かれている状況から想像する事も出来やしない。
何するわけでもなく海岸沿いを歩いていると、岩場の先ににひらけた砂浜が広がっていた。
視界に大きく貫禄のある船が立ちはだかってる。
崖に遮られてたからかな、近づいてみるまでそこに船があることなんてまるで気がつかなかった。
船は木造の、だけどどっしりした造り。おっきなマストがその上にどーんとのってる。ここからじゃマストに何が書いてあるのかわからないけれど、案外大きくドクロマークとか書いてあったりして? ないない。けど、そんな雰囲気。よく見ると船体から歴史博物館で見るような大砲が覗いているのもそんな雰囲気に一躍かってる。
船体には大きく「シーエルダー号」って書いてあって、それがこの船の名前みたい。
って、シーエルダー号?
なにか、どっかで聞いたような。
「よ! ミス・テリツァー号のお嬢ちゃん」
考え込んでいると背中からいきなり声をかけられて、驚いて声を上げると、その人は「そんなに驚くなよ」と豪快に笑った。
「あ、やっぱり。船長さん、脅かさないでください。……びっくりするじゃないですか」
「そんなつもりはねえンだけどなぁ」
抗議すると船長さんは肩をすくめて言った。
この人はエイテン・U・フォーロックさん。ひょんなことからこの島に着いたときに、お話しする縁があって、その時に知り合ったんだ。いかにも船長さんって格好しているから、てっきりミステリーツアーの係りの人かと勘違いしちゃって。船長さんも船長さんで、私のことをミス・テリツァー号の関係者と思ったみたいで(そういう船があるんだって)お互い全然会話がかみ合ってないのに、長話しちゃった。流石に、もう誤解はとけたけどね。あ、船長さんって格好って軍服とかセーラーみたいなあれじゃないよ。どっちかというと、カリビアンのあれって格好。
「で、どうしたンだよ。俺の船でも見に来たか?」
不思議そうに言う船長さんに、首を振る。
「違うんです。その、私この島のこと何も知らないから、ちょっと見てまわろうかなあって。散歩です。散歩」
「それでこンな所に? ……ハッ! 物好きだなアンタも」
船長さんが呆れて笑った。
「何か目的があるってわけじゃないんですよね。……私、何をしたらいいのか全然わからなくて。何で私がここに居るのかとか、この島からどうやったら帰れるのかとか、……帰ってからどうしようとか、何にも決められなくて。でも、何かやらなくちゃってそればっかりで。だから、もっとこの島のことを知らなくちゃって」
「アンタ、相変わらずゴチャゴチャ色々考えてンだなァ」
船長さんはひとつため息をつく。
なんだか責められてるような気がして、私はいたたまれなくなって俯いた。
「……あの船見えるだろ? 俺の船なンだけどよ。あいにく座礁しちまってよ。交易のために積んでた荷物も全部パーだ。笑えンだろ?」
それ、すごく大変な事なんじゃないかなあと……。
「ああ、そんな顔すンなよ。前にも言ったろ? 泣いても笑ってもなンも変わらねえンだ。だったら、笑い飛ばしちまったほうがいいってもンだ」
「そ、そうなのかなあ……」
「いいンだよそれで。何をやったらいいのかわからない、上等じゃねえか。何でもやってみたら良いンだよ。……例えばな? 俺の船の修理手伝ってみたらどうだ? もしかしたら送ってやれるかもしれねえぜ?」
船長さんも、私があったほかの人たちも、どうしてだろう? 自然なんだよね。どうしてそんなに、自然で居られるんだろう。迷わないのかな。
キョトンとする私に、船長さんはバツが悪くなったのか、首に手をやって気まずそうに付け足したんだ。
「説教くさくなっちまったなァ。……俺はこういうのはあんまり得意じゃねえンだけどよ。アンタさ、もっと笑えよ。その方がきっと楽しいぜ」
言うだけ言うと、船長さんは自分の船に向けて歩き出した。
「野郎ども! 今日も飲むぞ!!」
船長さんの声に、シーエルダー号から威勢のいい雄たけびが帰ってくる。シーエルダーの足元には、船員さん以外にこの島の冒険者の人たちも居て。船長さんがああいう人だから、きっとすぐに馴染んだんだろうなあって、そう思ったんだ。
「おい、アンタも飲ンでけよ!」
船長さんの声に背中を押されて、駆け出す。
島を照らしていた太陽もいつの間にか沈んで、赤く染まった海と砂浜、それに海の長老様が、駆け出しの冒険者を見守ってくれていた。
船員さんにお酌をしたり、冒険譚を聞きながら飲むお酒は、居酒屋だとか気取ったBARで飲むお酒とは全然違って、なんとも豪快だった。なんだろ、大事な事は「自分の身は自分で守る」うん、鉄則。船員さんたちと来たら、遠慮なしにグラスにたくさんお酒を入れるんだから、全部飲んでたら大変な事になっちゃう。
ギムレットがグラスで出て来るんだよ? 無理だよ。飲めないよ。
ほら、私役者だったでしょ? 喉に悪そうだからって、お酒を控えてたんだよね。だから、こんな風に皆でお酒を飲む機会って実はあんまり無かったんだ。
飲み過ぎないように気をつかったからお酌してばっかりだったけど、船員さんたちはおっかない顔してるのに気さくでいい人も多くて。
同じ女性同士だったからかな。一人、すごく気の合った船員さんが居て、その人から聞く航海の話はとっても面白かった。明るい色をした髪を無造作に後ろで束ねた船員らしい活発そうな女の子でね。その子は船長さんの失敗談とか、この船に乗って楽しかった事とか、沢山話してくれた。
「それでさ、船長が『野郎共! 上陸だ!』って叫んだんだけど、もう皆出てこないの。笑っちゃったなあ。船長が怒鳴ったら、皆で一斉に、『めんどいです!』って。せーのってなもんでさ」
「って、それで船長さん一人で遺跡探索してるの?」
「そうだよ。あたし達は船の留守番と修理」
「船長さん、何で一人で遺跡探索なんてするんだろう……?」
「ユウ、アンタめんどくさい性格してるわ。……いいけどね。船長の目的ってったら一つしかないでしょ? お宝だよ。この島にはお宝が眠ってるって言うじゃん?」
「お金のため?」
そう言うと、その子はちょっとだけムッとしたように口を尖らせる。
「そうだけどね。ちょっと違う」
それだけ言ってから、その子はちょっとだけ顔を赤らめた。それから、ことさらぶっきらぼうに続ける。
「この船の全員で冬を乗り切るために、金が要るんだよ」
お金のため。
だけど、ちょっと違う。
船長はそういう人だよ。そう話すその子の言葉には、船長さんに対する確かな信頼があって、私はつい聞いてしまった。
「ねえ、なんで『めんどかった』の?」
「……ユウ、あんたそれ聞く?」
「うん」
思いっきり頷くと、その子はほんっとうに深々とため息をついた。
「他のやつらはどうだか知らないけどさ」その子はそう前置きすると、お酒を一息にあおった。
「あたしらが居たら船長は冒険できないんじゃないかって思ったんだ。もしついていったら、あの人はきっと船員を守るのをどんなことよりも優先しちまうんじゃないかってさ」
でも、それって嫌だろ? そう言って船長さんを見るその船員さんはとっても綺麗で、私は少しの間、その船員さんに見惚れてしまったんだ。
何がしたいのか? 何をしたらいいのか?
どうやったら帰れるのか?
まだ、何にもわからないよ。
「何でもやってみればいい」
シーエルダー号の皆は、この島の不可解さも、座礁したことすらも、笑い飛ばしていて。
それは確かに、このわけわからない島の、心強い確かな歩き方の一つだなって、そう思った。
二日酔いでガンガンと鳴り響く頭を押さえながら、ね?
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