蜂ってね、こっちが刺激しなければ基本的には刺してこないんだよね。
それに、刺したら針がなくなって死んじゃうんだって。
ポイントは、あんまり黒い格好をしないこと。こっちから潰そうとしたりしない事。黒色って蜂を刺激するんだって、だから、夏場はちょっとおしゃれでも黒い服を避けたほうが良いんだ。もちろん、潰そうとするなんてもっての他。敵だって思われたら、黒も何もないもん。
「……と、いうわけで、ティアさん動かないでください」
「あのねえ……はるかちゃん」
「なんですか?」
「これじゃ、探索できないじゃない」
……そうなんですけど。
そんなこと言われても、私達の周りを30cmもありそうな巨大な蜂がぶんぶん飛び回ってるんだから、しょうがないじゃん?
「ティアさんはいいです。けど、日本人って黒髪黒目でしょう? ただでさせ蜂を刺激するんだから、できればここは蜂が居なくなるまで大人しく……」
「そういってもう何分になるのよ?」
「30分くらいかなあと」
「はぁ……ほら、もういこう」
ティアさんは強引に私の手をつかんで引っ張っていく。
いや、ちょっと待ってって。ほんと、蜂に刺されると痛いんだよ? って言うか、それくらいじゃすまない気がする
「見てればわかるでしょ? その蜂、はるかちゃんを刺す気なんてないわよ」
「そんなのわかりませんって」
そりゃ、まだ刺されてないけどね。
遺跡で初めて遭遇した時なんてもう大変だったんだから、蜂なのに事あるごとに殺すとか刺すとかいうし、短剣で殴ったり歌って宥めたり。もう、大騒ぎ。
ティアさんと一緒に遺跡に入ってすぐ、波打ち際の魔方陣を越えて、ティアさんの目指す目的地まで歩いていると、いつの間にか蜂がついてきてたんだよね。
こう見えて、私ちょくちょく遺跡にもぐってたから、その蜂が殺人蜂って呼ばれてることも知ってた。そんな印象無いかもしれないけど、バイトとか、船長さんの船の掃除とか、そんなことばっかりやってたんじゃないんだよ? これでちゃんと、遺跡の探索だって頑張ってたんだから。
帰りの船がくるまでは、とにかく出来ることをやろうって。本当はそんなのが来ないとしても、これだけ不思議な場所だもん、遺跡の中に帰る方法があってもおかしくないし。
……危ない所には近づかないように、だけどね。
ティアさんに強引に連れられて、遺跡内を歩く。この辺はなんだか、整地された公園でも歩いているみたいで、ここが遺跡だって思わなければまるでピクニックみたい。
ティアさんは時々、「はぷちゅ!」とくしゃみをしながら、ずんずんと遺跡の奥へと進んでいく。手を引っ張られてるから、私も。
これまでの探索では、あんまり遺跡の奥まで行こうと思わなかったから、こっちのほうに来るのはまだ2回目。すっごく強い魔物とかいたりして危ないから、何も知らずに来て以来、来ないようにしてたんだよね。
「風邪ですか?」
聞いてみると、ティアさんはちょっと思案顔。くしゃみしてるんだから、風邪とか噂されてるとか、そういうのに決まってるのに。
「風邪ひいた事ないからわかんない」
なんて、暢気なこと言ってる。
「熱、ないんですよね?」
「ちょっとぼーっとする」
え?
「それって、探索してる場合じゃないじゃないですか!? 戻りましょうよ」
「そういうわけにも行かないのよねえ。先生にもりっちゃんにも予定があるから、私だけ遅れたらダメでしょ」
先生とりっちゃんって、普段ティアさんと一緒に探索してる人たちなんだ。りっちゃん……リーチャさんは私のバイトの先輩で、なんだかとっても明るい人。先生は眼鏡をかけた紳士然とした冒険者さん。二人がなんで冒険してるのかって、聞いたことが無いけれど。なんとなくね、その二人はバイトとかの枠組みを取っ払って、ティアさんの友達って気がするから、ティアさんが気を使うのもわかる気がする。気がするんだけどね。
「無理して何かあったらどうするんですか? ティアさんは店長なんだから、体調には気をつけないと」
「大丈夫よ、私風邪ひいたことなんてないんだから。こんなもの、すぐに治るでしょ」
そうはいうけど、やっぱり心配。
そりゃ、ティアさんは私よりずっとしっかりしてるから、風邪くらい大したこと無いかもしれないけど。
あ。私今いやなこと考えてる。
もし今ティアさんが風邪で倒れたりしたら、私はどうすればいいの? って。守ってくれるんじゃなかったの? って。
今回の探索は、ティアさんが居るから大丈夫。って、思い込んでた。
最初からずっと、甘えてたんだ。
「はるかちゃん?」
「な、なんでもないです」
気づかれないように笑いかけたけど、ティアさんは怪訝な顔。
顔に出ちゃってたかなって反省してたら、ティアさんはちょっと困ったみたいに。
「なんでもないわけないでしょ? ほら、魔物よ」
慌てて前を見ると、なんかすごくいい顔をした巨大な蛾が二匹。私達を見下ろしてた。
「私の背中から出ないでね」
そういいつけるティアさんの言葉。でも、本当に私は、それでいいのかなあって。
刃を潰してもらってるけど、短剣だって金属だから、やっぱり鞘をつけていたほうが安全、ティアさんの後ろから、隙を見てぶんぶん振ってはいるんだけど、蛾は飛んでいるからなかなか当たってくれない。
たまにかすっても、それだけで、あんまり意味が無いみたい。
いつの間にかりんぷんがあたりに立ち込めて、どんどん息苦しくなってくる。
後ろに隠れてるくせに、風邪をひいてるティアさんは大丈夫かなって、心配しちゃう。私一人だったらとっくに逃げ出してるのに、ティアさんは「さっさとお帰り願おうかしら」と口元に笑みを浮かべてた。
「ばちこーん」
気の抜けた声でティアさんが手を振ると、ロケットみたいに火花を散らしたにんじんが飛んでいって、巨大な蛾にぶつかった。よくわからないけど、何故か爆発して、蛾がゆらゆらとふらつく、そこにすかさずジャガイモが落ちてきて、蛾はジャガイモの下に押しつぶされてた。
殺しちゃったの? って、何の役にも立ってないくせに心配してると、蛾はジャガイモから抜け出してまた飛び立とうとしてる。
なんのかんので、ティアさんってやっぱり頼りになる。
だから、私はティアさんの影に隠れながら、もう一匹に集中。
逃げるためじゃなくて、ティアさんの迷惑にならないように。
殺さないで、倒す方法、ちゃんと考えないと。
飛んでるから、むやみに短剣を振り回してもダメだよね。当たりっこない。蛾のりんぷんはもう靄みたいに周囲にあふれていて、このままじゃ近い内に体力がなくなって倒れちゃうのは明白。
とにかく、今のままじゃ埒があかないよね。
まずはちゃんと一撃、当てないと。
考えならあるよ。だから、後は実行するだけ。
蛾が私を狙って近くまで降りてくるのを待つ。それだけなら今までと同じだよね。だから、コートを脱いで、脇に抱えた。
1、2、3、4と拍子を取る。蛾だってずっとりんぷんを撒き散らすだけじゃない。ティアさんが魔法を使うから、とどめをさそうと躍起になって降りてくる。だから、焦らないで。
徐々に重くなっていく体に鞭打って、短剣を正眼に構えた。宿で剣の練習をしてた、リーリヤの見よう見まね。
蛾の高度が下がるのにあわせて、地面を蹴る。振りかぶって、当てるためにコンパクトに振り切った。
蛾がひらりと舞う、剣の気流に乗って上昇する。
当たらないって、わかってた。そんな気がしてた。
袈裟切りにきりつけた短剣を、その勢いのまま捨てて、ダンスの要領で一回転、脇に抱えてたコートの端を持って、今度はコートを叩きつける。ポケットに入れておいた石に振り回されて、勢いよくコートが舞った。
狙い通り、コートが当たった。当たったけどね。それだけだった。それで倒れてくれたりもしないし、逃がしてもくれない。
少しふらついたけど、蛾はすぐに体勢を立て直して、私に襲い掛かってきた。
なのに、私はとっくに限界で、りんぷんでふらふらする頭を抱えて、それを見届けるしかなかったんだ。
不意に。
黄色と黒の、影が、私に覆いかぶさった。
「キシシシシシ」
って、いつの間にか聞きなれた、あの蜂の羽音。
「べ、別にあんたの事助けたんじゃないんだからね」
っていう、よくわからない言い訳。
朦朧とする頭でだって、わかるんだから。
この状況で飛び出してくるって、他にどんな理由があるの? ってね。
巨大な蜂は蛾を押しのけて、蛾は蜂から必死になって距離をとろうとしてて、いつの間にか、私そっちのけで、なんだか死闘を繰り広げてる。
私はティアさんの後ろでへたり込んでて。
ティアさんが「んふふふ。お疲れ様」って手を差し伸べてくれるまで、呆然とそれを見送ってたんだ。
「で、なんで蛾までついてくるんでしょう?」
「……はるかちゃんらしいわ、そういうの」
「そういうのって、なんですか?」
「悪い虫がつく」
……うーん、採点しづらい。
蛾と蜂が一斉にうんうんとうなずく。悪い虫って何よ? とか、仲良く話してるあたり、さっきまで戦ってたのが嘘みたいで。
いつか、ティアさんが言っていた「この島の全てと仲良くなってしまえばいいのよ」って言葉が、なんか、出来もしない絵空事じゃなくなってきたような。そんな気がしてたんだ。
「あの、ティアさん?」
お礼なのかな、それとも、他のなにかかな。何か言いたくて、ティアさんに声をかけると、ティアさんは、いつの間にかへろへろと地面に手を突いていて。
慌てて、おでこに手を当てると、素人の私でもすごい熱だってわかるくらいで。
「はぷちゅ!」
思い出したように咳をするティアさん。
ちょ、ちょっと、どうしたらいいんだろう? 帰る? それが良いよね。私一人じゃどうにもならないし。
「何者だ!」
ティアさんの咳に、誰かが誰何の声を上げた。
声の主は、立派な鎧を着て、大振りな剣を持って、私達に威嚇するように突きつけた。
聞いたことがあったんだ。
ベルクレア14隊。
遺跡の奥に進もうとする冒険者に問答無用で襲い掛かってくる、どこかの国の軍隊さんたち。
「……はるかちゃん、逃げて」
一人なら、すぐにでもそうしてる。
けど、そんなわけには当然、いかなくて。
どうしたら? って、私はずっと、そればっかり考えてた。
短剣を握って、勝ち目も無いのに。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
完璧な人なんて居ない。
そんなことはわかってるんだよね。 どんなにすごいと思う人だって、病気にかかったりするし、怪我したりだってする。 この冒険の間、私はずっとティアさんの陰に隠れてればいいと思ってた。 ……この島の神様は、どうもそういうのは許してくれないみたいなんだ。 |
|
トラックバックURL
|