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【2024/12/04 02:03 】 |
探索19回目
 完璧な人なんて居ない。
 そんなことはわかってるんだよね。
 どんなにすごいと思う人だって、病気にかかったりするし、怪我したりだってする。
 この冒険の間、私はずっとティアさんの陰に隠れてればいいと思ってた。
 ……この島の神様は、どうもそういうのは許してくれないみたいなんだ。

 蜂ってね、こっちが刺激しなければ基本的には刺してこないんだよね。
 それに、刺したら針がなくなって死んじゃうんだって。
 ポイントは、あんまり黒い格好をしないこと。こっちから潰そうとしたりしない事。黒色って蜂を刺激するんだって、だから、夏場はちょっとおしゃれでも黒い服を避けたほうが良いんだ。もちろん、潰そうとするなんてもっての他。敵だって思われたら、黒も何もないもん。
「……と、いうわけで、ティアさん動かないでください」
「あのねえ……はるかちゃん」
「なんですか?」
「これじゃ、探索できないじゃない」
 ……そうなんですけど。
 そんなこと言われても、私達の周りを30cmもありそうな巨大な蜂がぶんぶん飛び回ってるんだから、しょうがないじゃん?
「ティアさんはいいです。けど、日本人って黒髪黒目でしょう? ただでさせ蜂を刺激するんだから、できればここは蜂が居なくなるまで大人しく……」
「そういってもう何分になるのよ?」
「30分くらいかなあと」
「はぁ……ほら、もういこう」
 ティアさんは強引に私の手をつかんで引っ張っていく。
 いや、ちょっと待ってって。ほんと、蜂に刺されると痛いんだよ? って言うか、それくらいじゃすまない気がする
「見てればわかるでしょ? その蜂、はるかちゃんを刺す気なんてないわよ」
「そんなのわかりませんって」
 そりゃ、まだ刺されてないけどね。
 遺跡で初めて遭遇した時なんてもう大変だったんだから、蜂なのに事あるごとに殺すとか刺すとかいうし、短剣で殴ったり歌って宥めたり。もう、大騒ぎ。
 ティアさんと一緒に遺跡に入ってすぐ、波打ち際の魔方陣を越えて、ティアさんの目指す目的地まで歩いていると、いつの間にか蜂がついてきてたんだよね。
 こう見えて、私ちょくちょく遺跡にもぐってたから、その蜂が殺人蜂って呼ばれてることも知ってた。そんな印象無いかもしれないけど、バイトとか、船長さんの船の掃除とか、そんなことばっかりやってたんじゃないんだよ? これでちゃんと、遺跡の探索だって頑張ってたんだから。
 帰りの船がくるまでは、とにかく出来ることをやろうって。本当はそんなのが来ないとしても、これだけ不思議な場所だもん、遺跡の中に帰る方法があってもおかしくないし。
 ……危ない所には近づかないように、だけどね。
 ティアさんに強引に連れられて、遺跡内を歩く。この辺はなんだか、整地された公園でも歩いているみたいで、ここが遺跡だって思わなければまるでピクニックみたい。
 ティアさんは時々、「はぷちゅ!」とくしゃみをしながら、ずんずんと遺跡の奥へと進んでいく。手を引っ張られてるから、私も。
 これまでの探索では、あんまり遺跡の奥まで行こうと思わなかったから、こっちのほうに来るのはまだ2回目。すっごく強い魔物とかいたりして危ないから、何も知らずに来て以来、来ないようにしてたんだよね。
「風邪ですか?」
 聞いてみると、ティアさんはちょっと思案顔。くしゃみしてるんだから、風邪とか噂されてるとか、そういうのに決まってるのに。
「風邪ひいた事ないからわかんない」
 なんて、暢気なこと言ってる。
「熱、ないんですよね?」
「ちょっとぼーっとする」
 え?
「それって、探索してる場合じゃないじゃないですか!? 戻りましょうよ」
「そういうわけにも行かないのよねえ。先生にもりっちゃんにも予定があるから、私だけ遅れたらダメでしょ」
 先生とりっちゃんって、普段ティアさんと一緒に探索してる人たちなんだ。りっちゃん……リーチャさんは私のバイトの先輩で、なんだかとっても明るい人。先生は眼鏡をかけた紳士然とした冒険者さん。二人がなんで冒険してるのかって、聞いたことが無いけれど。なんとなくね、その二人はバイトとかの枠組みを取っ払って、ティアさんの友達って気がするから、ティアさんが気を使うのもわかる気がする。気がするんだけどね。
「無理して何かあったらどうするんですか? ティアさんは店長なんだから、体調には気をつけないと」
「大丈夫よ、私風邪ひいたことなんてないんだから。こんなもの、すぐに治るでしょ」
 そうはいうけど、やっぱり心配。
 そりゃ、ティアさんは私よりずっとしっかりしてるから、風邪くらい大したこと無いかもしれないけど。
 あ。私今いやなこと考えてる。
 もし今ティアさんが風邪で倒れたりしたら、私はどうすればいいの? って。守ってくれるんじゃなかったの? って。
 今回の探索は、ティアさんが居るから大丈夫。って、思い込んでた。
 最初からずっと、甘えてたんだ。
「はるかちゃん?」
「な、なんでもないです」
 気づかれないように笑いかけたけど、ティアさんは怪訝な顔。
 顔に出ちゃってたかなって反省してたら、ティアさんはちょっと困ったみたいに。
「なんでもないわけないでしょ? ほら、魔物よ」
 慌てて前を見ると、なんかすごくいい顔をした巨大な蛾が二匹。私達を見下ろしてた。
「私の背中から出ないでね」
 そういいつけるティアさんの言葉。でも、本当に私は、それでいいのかなあって。

 刃を潰してもらってるけど、短剣だって金属だから、やっぱり鞘をつけていたほうが安全、ティアさんの後ろから、隙を見てぶんぶん振ってはいるんだけど、蛾は飛んでいるからなかなか当たってくれない。
 たまにかすっても、それだけで、あんまり意味が無いみたい。
 いつの間にかりんぷんがあたりに立ち込めて、どんどん息苦しくなってくる。
 後ろに隠れてるくせに、風邪をひいてるティアさんは大丈夫かなって、心配しちゃう。私一人だったらとっくに逃げ出してるのに、ティアさんは「さっさとお帰り願おうかしら」と口元に笑みを浮かべてた。
「ばちこーん」
 気の抜けた声でティアさんが手を振ると、ロケットみたいに火花を散らしたにんじんが飛んでいって、巨大な蛾にぶつかった。よくわからないけど、何故か爆発して、蛾がゆらゆらとふらつく、そこにすかさずジャガイモが落ちてきて、蛾はジャガイモの下に押しつぶされてた。
 殺しちゃったの? って、何の役にも立ってないくせに心配してると、蛾はジャガイモから抜け出してまた飛び立とうとしてる。
 なんのかんので、ティアさんってやっぱり頼りになる。
 だから、私はティアさんの影に隠れながら、もう一匹に集中。
 逃げるためじゃなくて、ティアさんの迷惑にならないように。
 殺さないで、倒す方法、ちゃんと考えないと。
 飛んでるから、むやみに短剣を振り回してもダメだよね。当たりっこない。蛾のりんぷんはもう靄みたいに周囲にあふれていて、このままじゃ近い内に体力がなくなって倒れちゃうのは明白。
 とにかく、今のままじゃ埒があかないよね。
 まずはちゃんと一撃、当てないと。
 考えならあるよ。だから、後は実行するだけ。
 蛾が私を狙って近くまで降りてくるのを待つ。それだけなら今までと同じだよね。だから、コートを脱いで、脇に抱えた。
 1、2、3、4と拍子を取る。蛾だってずっとりんぷんを撒き散らすだけじゃない。ティアさんが魔法を使うから、とどめをさそうと躍起になって降りてくる。だから、焦らないで。
 徐々に重くなっていく体に鞭打って、短剣を正眼に構えた。宿で剣の練習をしてた、リーリヤの見よう見まね。
 蛾の高度が下がるのにあわせて、地面を蹴る。振りかぶって、当てるためにコンパクトに振り切った。
 蛾がひらりと舞う、剣の気流に乗って上昇する。
 当たらないって、わかってた。そんな気がしてた。
 袈裟切りにきりつけた短剣を、その勢いのまま捨てて、ダンスの要領で一回転、脇に抱えてたコートの端を持って、今度はコートを叩きつける。ポケットに入れておいた石に振り回されて、勢いよくコートが舞った。
 狙い通り、コートが当たった。当たったけどね。それだけだった。それで倒れてくれたりもしないし、逃がしてもくれない。
 少しふらついたけど、蛾はすぐに体勢を立て直して、私に襲い掛かってきた。
 なのに、私はとっくに限界で、りんぷんでふらふらする頭を抱えて、それを見届けるしかなかったんだ。
 不意に。
 黄色と黒の、影が、私に覆いかぶさった。
「キシシシシシ」
 って、いつの間にか聞きなれた、あの蜂の羽音。
「べ、別にあんたの事助けたんじゃないんだからね」
 っていう、よくわからない言い訳。
 朦朧とする頭でだって、わかるんだから。
 この状況で飛び出してくるって、他にどんな理由があるの? ってね。
 巨大な蜂は蛾を押しのけて、蛾は蜂から必死になって距離をとろうとしてて、いつの間にか、私そっちのけで、なんだか死闘を繰り広げてる。
 私はティアさんの後ろでへたり込んでて。
 ティアさんが「んふふふ。お疲れ様」って手を差し伸べてくれるまで、呆然とそれを見送ってたんだ。

「で、なんで蛾までついてくるんでしょう?」
「……はるかちゃんらしいわ、そういうの」
「そういうのって、なんですか?」
「悪い虫がつく」
 ……うーん、採点しづらい。
 蛾と蜂が一斉にうんうんとうなずく。悪い虫って何よ? とか、仲良く話してるあたり、さっきまで戦ってたのが嘘みたいで。
 いつか、ティアさんが言っていた「この島の全てと仲良くなってしまえばいいのよ」って言葉が、なんか、出来もしない絵空事じゃなくなってきたような。そんな気がしてたんだ。
「あの、ティアさん?」
 お礼なのかな、それとも、他のなにかかな。何か言いたくて、ティアさんに声をかけると、ティアさんは、いつの間にかへろへろと地面に手を突いていて。
 慌てて、おでこに手を当てると、素人の私でもすごい熱だってわかるくらいで。
「はぷちゅ!」
 思い出したように咳をするティアさん。
 ちょ、ちょっと、どうしたらいいんだろう? 帰る? それが良いよね。私一人じゃどうにもならないし。
「何者だ!」
 ティアさんの咳に、誰かが誰何の声を上げた。
 声の主は、立派な鎧を着て、大振りな剣を持って、私達に威嚇するように突きつけた。
 聞いたことがあったんだ。
 ベルクレア14隊。
 遺跡の奥に進もうとする冒険者に問答無用で襲い掛かってくる、どこかの国の軍隊さんたち。
「……はるかちゃん、逃げて」
 一人なら、すぐにでもそうしてる。
 けど、そんなわけには当然、いかなくて。

 どうしたら? って、私はずっと、そればっかり考えてた。
 短剣を握って、勝ち目も無いのに。
 

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【2010/07/14 01:55 】 | 偽島 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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