何で逃げるのかって、魔物でも何かを刺すのは怖いし、殺しちゃったら嫌だから。戦って怪我するくらいなら、回れ右して逃げ回ったほうが安全なんじゃないかなって思うから。
それでもダメなら、戦って戦って、お互い怪我する前に、「ハイ、これで終わり」って逃げ出しちゃったほうがいいに決まってるんじゃないかなって、私なんかは思うんだよね。
だから、ずっと逃げ切る練習をしてきた。
「あら、また来たの? 折角見逃してあげたのに、懲りない子ねぇ」
目の前に、どこか遠くの、知らない国の軍隊の人たちが剣を構えて立ちふさがってる。軍隊の人って言っても、たったの4人。扇情的な格好をした女性と、多分、付き従う兵士さんたち。
一度、何も知らずにここに来てしまったときは、事情を説明して見逃してもらってた。兵士さんたちと戦ってまで奥に行きたいと思っていなかったし、今だって。
「ここを通す事は出来ません」
剣を持った兵士の一人が、威嚇するように声を荒げた。
ティアさんが一緒じゃなかったら、別に通れなくてもいいかなって思ってたんだよね。
遺跡の探索って、結局、迎えの船が来なかった時の保険だから。やれることはやろうって、危なくない程度にいろいろ見ておこうってそれだけだったんだ。だから、逃げ回るだけでもやってこれたし、誰も傷つけたくないし、怪我なんてしたくないって、私みたいなのでも、なんとかこうして生きてられたんだと思う。
でも、他の冒険者さん、……ティアさんと、そのパーティの人たちはちょっと違う。きっと明確に、この奥に進まないといけない理由があるんだ。
誘ってくれたんだから、私だって少しは役に立ちたい。
だから、どうせ逃げるなら。
あの人たちの奥にでも逃げるって、うん、そのくらいの気持ちだった。
ティアさんも居るし、きっと大丈夫。
……って、思ってたんだけど。
ティアさんはね、私みたいに必死にならなくても、魔物を殺さないように、……いざという時は覚悟を決めて……、一人でだって探索できるんだよね。だから、何で私を誘ってくれたのかなんて、本当はわからないんだ。また、心配かけたのかもね。
そのティアさんが、こともあろうに風邪ひいてなんだかふらふらしてる。
「はるかちゃん、逃げて」
ティアさんは真剣だった。
一瞬ね。
本当に逃げようかと思った。それが一番いいんじゃないかって。
私はきっと、足手まといになるだけだから。ティアさん一人なら、なんとかなるんじゃないかって。
違うよね。そうじゃないよね。
私、何のために逃げ回ってるのか、それじゃわからなくなっちゃう。折角楽しくなってきたバイトだって、きっと心から楽しめなくなっちゃうし、何よりね。
誰も傷つけたくないし、怪我なんてしたくないって頑張ってるのに。
ティアさんが怪我してもいい訳が、ないでしょ。
だから、一生懸命、考えた。
時間は無いから、足を踏み出しながら、短剣を抜きながら。
ティアさんが怪我しないために、この、ベルクレア14隊の人たちをもし殺す事になっちゃっても、後悔しないのかって。
わからなかった。
だけど、もう逃げる気も引き返す気も無くなってた。
ふと、自分で抜いた短剣が目に入った。
十神真さんという人に頼んで作ってもらった、刃を潰した短剣。
それでね、ふと力が抜けたんだ。
覚悟を決めなきゃなんて言ったって、この短剣じゃ人を切ったり刺したりなんて出来ないんだから。
啖呵、きっちゃったんだよね。
「ギリギリまで覚悟なんてきめてやるもんか」
って。
「あの、ティアさん……出来るだけ派手な魔法で、援護してください。出来る範囲でいいですから」
ティアさんと組んでから、探索の事はティアさんにまかせっきりだった。だから、初めて、ティアさんに指示を出した。意図、伝わったかどうかわからなかったけど、打ち合わせをしてる時間なんて無い。
キッと兵士さんたちをにらみつけると、これから自分がやろうとしてる事が、ちょっとはいい案なんじゃないかなあって思えてくる。全然、そんなこと無いんだけどね。
強い冒険者ってどういう人たちなのか、わからないから、一人だけ、私の思う、とても強い人を参考にすることにした。
「……悪ぃが、相棒が風邪でなァ。加減はしてやれねェ。死にたくなかったら、とっとと失せなァ」
虚勢じゃなくって、心の底からそう思ってるように見えるように、胸を張って、宣言する。
ティアさんが背後で咽ながら爆笑してる気がしたけど、というか、お腹を抱えてるのがわかったけど、無視無視。
「ふふっ・・・・・・可愛いコ。」
ベルクレアの隊長さんが蟲惑的な笑みを浮かべて呟く。
「わ、私は別に貴方など・・・」
兵士さんたちが顔を真っ赤にして何かごにょごにょ言ってる。何のツボに入ったんですか、この人たち。
……なんか、途端に恥ずかしくなってきた。
なんだかとってもいたたまれなくなったから、ティアさんに声をかけて、とにかく短剣を振ることにした。
今のやり取りで、ティアさんは意図を察してくれたみたい。
短剣からものすごく巨大な南瓜が飛び出して、兵士さんたちの頭上で大爆発してた。
……結構似てたと思うんだけどなぁ。
「迂闊に近づくな! 女二人といえど侮ると痛い目を見る!」
兵士さん達の怒号が聞こえる。そのひとつひとつに耳を傾けて、とにかく、兵士さんたちが戦う気が無くなるように、……私が強いんだって、見せかけなくちゃいけない。
ティアさんは隊長さんを引きつけながら、私の攻撃にあわせて兵士さんたちをけん制してくれてる。まるで私が兵士さんたちと戦ってるみたいに、剣を振ると風が吹き荒れたり、にんじんが飛び交ったり、たまねぎがみじん切りになったり、大混乱。風邪で集中できないみたいだから、もうしっちゃかめっちゃかだけど、それがかえって良いのかも。訓練を受けた兵士さん三人の剣なんて、受けられないから、近づかないように気をつけてるの、ばれてないみたい。
誰にも届かないのに短剣を振り回したり、「お願い、見逃して」って懇願してみたり、まるで舞台に立ってる気分。
兵士さんたちも、そのつど慌てふためいたり逃げ回ったり照れたりしてるから、もう、何がなんだか。
……なんだろう、なんでだろうね。
時間が経つにつれて、どんどん戦いにくくなってくる。
私が、兵士さん達を倒す気が無いのがばれてるのかな、よくわからないけど、戦いにくいのは兵士さんたちも同じみたいで、兵士さんたちの攻撃も次第に消極的になっていって、なんだか、どんどん馬鹿馬鹿しくなっていって。
だって、ちょっと周りを見てみてよ。
巨大なにんじんだのキャベツだのブロッコリーだのがなんか所狭しと転げまわってて、私と兵士さんたちは届きもしないのに「だぁぁあ!」とか「あたって!」とか叫びながら剣を振りあってる。
たまに、「はぷちゅ!」っていうティアさんのなんだかかわいらしいくしゃみも聞こえてきて。
戦う雰囲気じゃないって言うか。
「……なにこれ?」
素になって呟くと、兵士さんたちも「それは我々が聞きたい」と小さな声で同調してくれた。
「いやぁん」
なんて、未だについてきてる蛾があられもない声を上げると、なんだかもう、どこから突っ込んだらいいのか。
隊長さんとティアさんはまじめに戦ってたのだけど、何故か二人とも、ちらちらとこちらの惨状を気にしてるみたいだった。気持ちはすごくわかる。
「はぁ」
ティアさんと隊長さん、溜息をついたのは二人同時だった。
「あらあら・・・・・・ダメねぇ14隊ちゃん。」
……兵士さんたちじゃないけど、私も何にも言い返せない。って、私は言い返す必要なんてないけど。
「……」なんて、兵士さん達も気まずそうに顔を見合わせてた。
隊長さんは、妖艶に笑って、兵士さんたちに手をかざした。
「オママゴトに付き合って、お洋服、汚したくないしね♪ ……また、見逃してあげる」
それから、そのまま兵士さん達ごと、どこか遠くへ飛び去っていったんだ。
「……それね、はるかちゃんの長所だと思うわ。……はぁ、はぁ。まじめに、戦う気にならない」
褒めてるのかけなしてるのか、ティアさんは真面目ぶって言ってくれた。
うーん、そうなのかなあ。なんかあんまり嬉しくないんだけど。
「はぁ、はぁ……はひぃ……ああ、うん、何かもう私駄目みたい。はるかちゃん、後、宜し……く……ううーん……」
って、ティアさんはへなへなとへたり込んだんだ。
ちょ、ちょっと! ここまだ遺跡の中なんだけど!
「ティアさん? ティアさーん!?」
いざって言う時。
覚悟を決めないといけないって、冒険者の人たちは言う。
迷ったり、悩んだりしているうちに、私は殺されてしまうって。
それは、そうだと思う。
だけど、いざって言う時に私に残された選択肢は「殺す覚悟を決める事」と「諦めて、それでも殺さないように戦う」ってだけじゃなくて。
通用しないかもしれないけれど、交渉したり、はったりにかけてみたり、もっともっと、沢山の選択肢があるんじゃないかなって、思ったんだよね。
私は弱くて、どうしようもなく弱くて。
だから、今日みたいに、これからもギリギリまで。
悩んだり、迷ったりしていられるんじゃないかって、そう、思った。
まだ、知らなかったんだ。
私は単に、運がいいだけだったんだって。
全然、実感してなかったんだ。
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私の強さ、私の強みってなんだろう?
ティアさんは言うんだ、それが私の長所だって。 でもそんなの、とうの私には全然わからないわけで。 |
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