誰かと一緒に探索できる日が来ると思ってなかったから、舞い上がって二つ返事でOKしちゃってた。
ティアさんとなら、きっと楽しくなるって思ったし、私一人で探索するよりはずっと安全だって、最初はそれしか考えてなかったんだよね。
でも、一日もしたらすぐに気がついたんだ。そうじゃないって。
だって、私、魔物を殺すのがいやだから逃げ回ろうって、そうやってやってきたんだよ? 誰かと一緒だったら、そういうわけにもいかなくなるって、考えてなかった。
だからね、お話がありますって妖精の宿にティアさんを呼び出したときには、断ろうかなって、思ってた。
「一緒に逃げてください」
なんて、言えないでしょ?
迷惑かけるくらいなら、一人のほうがいいんじゃないかなって。
宿の一階、食堂で待ってると、ティアさんはすぐに来てくれた。仕事上がりだったのかな、ちょっと疲れてるみたい。それでも私を見つけると、いつもの笑顔で声をかけてくれたんだ。
「急に呼び出して、どうしたの?」
ってね。
すっごい切り出しづらいよね、こういうの。だって、私一度は大丈夫って言っちゃってるんだもん。それに、断る理由だって、私の勝手な事情なんだから。
「……あの、一緒に探索する話なんですけど……本当に、私でよかったんですか? ティアさんは知ってるじゃないですか、私、弱いし、多分、邪魔になるだけです。それに……」
きっと、迷惑をかけるから。
「うん? あぁ。その話? 弱い、かどうかはまだユウちゃんの実力見てないから、何ともねー。それに邪魔になるかは、やってみなきゃ解らないわよー」
そう言ってティアさんは気安く返事をするけど、魔法とか使えないし、剣だって、気持ちだって、私は中途半端なんだよ?
「邪魔になります! だって、私、魔物殺せないんですよ? いえ、出来るのかも知れないけど……いまだって、そんなのやりたくなんてないから、ずっと逃げ回ってるんじゃないですか! ティアさんに迷惑かけないようにって思うけど。でも、私今でも、割り切りたくなくて!」
興奮する私を、ティアさんは手で制して、「知ってる」って頷く。知ってて、どうして私を誘うんだろうって。
「それは今でも変わらない?」
変わらない。
この島に来てから、私ずっと逃げ回ってきて、それで今日まで来れたんだもん。
ギリギリまで覚悟なんて決めてやらないって、決めたのは私だから。
その証拠ってわけじゃないけど、この前新しく作ってもらったばっかりの短剣をテーブルに乗っけた。わざわざ刃を潰してもらった短剣。本当は、これでも不安なんだ。何かの拍子に刺さっちゃったり、普通に叩くだけでも、何か、いやなことが起きるんじゃないかって。
でも、きっと、そんなこと言ってられなくなる。いつまでも鞘をつけていられなくなるから。
鞘を取って、ティアさんにその刃を見せる。
「今は、これでやってみようかなって思ってます」
不思議だけどね、なんだか、レポートを先生に見てもらってる時の事を思い出しちゃった。ティアさんがどう思うのかって、ちょっと、怖気づいてる。学校でも、舞台のオーディションでもないのにね。でも、きっと、そのくらい大切な事なんだと思う。
ティアさんは刃をじっと見つめて、真剣な表情で。
「……それがこの前の宿題の答えってこと?」
答え、だなんて、考えてなかった。
ただね、刃なんて無ければいいのにって、思っただけで。
だから、
「……それは……」
違うと思ったんだ。
違う気がしたんだ。
私がやった事って、刃を潰してもらったって、ただそれだけだもん。何かを決めたわけでもなんでもない。こうしたほうがきっといいって、そう思って用意しただけで。
安直だって、怒られると思った。
だってそうでしょ? ティアさんが今、私の答えを知りたがってるとしても、私、答えなんて何にも見つけてない。
恐る恐るティアさんを覗き込むと、ティアさんは何故かにへら〜と笑う。嬉しそう、なのかな。ちょっと違う気がするけど、笑ってくれれば、ほっとしちゃう。
本当に、なんか学生の頃みたい。
誰かの評価に一喜一憂して。
……ううん、違うや、ずっとそうだった。
卒業して、劇団に入ってからも、私はずっと、人に評価されるために頑張ってたんだった。ただ、何時からか、自分が本当はどう評価されてるのかなんて、実感できなくなっただけで。
「ユウちゃんのそれは最初の一歩ね。でも、だからこそ、私から一つ、課題を出しておくわ」
私が思ってたのが、よくわからない何かを通して伝わったのかも、ティアさんは、課題って言ったんだ。そういえば、前も宿題って言ってた。ティアさんって、先生みたいな所あるよね。
「課題って言っても、そんなに難しいことじゃないわ」
ティアさんは一息つくと、僅かに言葉を考えて。
「私はね、はるかちゃんの考えは嫌いじゃないの。だから逃げるな、なんて言わないわ。ただ、逃げても良いから、今は私の傍にいなさい。これが課題。どう? 難しくないでしょ?」
難しくないけど、意味がわからない。
「それなら……」
「ねえ、はるかちゃん?」
テーブルにおいてあったグラスの氷が解けて、小さな音を立てた。そのタイミングまで、まるでティアさんが計ったみたいに、すんなりと耳に入ってくる。
「私の力が及ばなくて、ピンチになっちゃった時には多分、私も逃げると思うの。その時、もし二人とも逃げられなくなったら、どうすればいいと思う?」
ティアさんは、意地が悪いと思う。
ティアさんが何気なくする質問には、いつも、答えがない。ううん、あるのだけど。それが出来ないから、私は悩んでいるのに。
「……一生懸命戦って、なんとか……諦めないで、逃げます」
それでもダメだったら。
出切る事と出来ない事、割り切れることとそうでない事をちゃんと考えて、悩みながら、もしかしたら、割り切るのかもしれない。
割り切って、相手が何だとしても、剣を刺すのかも。
「そう。でも、私はきっとはるかちゃんにこう言うと思うな。『はるかちゃん、逃げて』ってね」
一人だったら考えもしなかったこと。一人で逃げてるだけなら、逃げられればそれで良かった。
二人で探索するって、ただそれだけなのに、ティアさんは沢山の宿題を私に突きつけて。
何にも、言葉が出てこない。
だって、そんな状況で、私は本当に、ティアさんを置いて逃げずにいられるのか、それだって、自信が無いんだよ?
「ま、つまるところはさあッ! 私はぜーんっぜん迷惑とか、感じてないわけよ! だから宜しくお願いね、はるかちゃんッ!」
ティアさんはそういって笑うけれど、私はとてもそんな気持ちにはなれなかった。
二人で一緒に戦えば、魔物を殺さないように戦うのだってもっと簡単になるんだよ? って、諭されたのはもうちょっと後の話。
一人のほうがいいこと、二人じゃないと出来ない事、当たり前だけど、そういうのって沢山あって。
この島で、誰かの役に立ちたいって思う日が来たら、きっと私は逃げてばかりじゃいけないのかもしれないなあって、そんなことを考えたんだ。
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ティアさんの言う事。
わかるような、わからないような。 |
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