おざなりはダメだけど、なおざりはもっとダメ、なんだって。
えーと、わかりにくいけど、適当な対応はしちゃダメだけど、適当な上に対応しないのはもっといけないってことみたい。
ホールアルバイトの仕事にもだいぶ慣れてきたけど、やっぱりわからないことって沢山ある。この島に来ている人って、もうなんやかんや色々だから、その人たちに合わせたサービスってなんだろうって、考え出したらきりがないんだよね。だから、つい杓子定規にマニュアル持ち出しちゃいそうになるんだけど、どうもね、それじゃダメみたい。
ティアさんに借りた『接客物語』にも書いてあったんだけどね。
美味しい料理を出して、それを振舞うだけじゃ、私達ホールスタッフがいる意味がないんだって。
ランチタイムをもうすぐ終える南瓜の涙亭は流石にお客さんもまばらにしかいなくなってて、ピークタイムの混雑っぷりが嘘みたい。忙しい時は「接客に物語を」なんて考えてられないから、そりゃもう、あっちへ行ったりこっちへ行ったり大変だけど。ちょっと時間が出来てしまうと、つい、先日のことを考えてしまうんだよね。
大したことじゃないんだけど、南瓜の涙亭の常連の、ルクラちゃんのこと。
ルクラちゃんはすっごくよく出来た子でね。小学校高学年くらいの女の子なんだけど、スタッフを困らせるようなことなんてほとんど言わないし、お腹すいてるだろうにピーク時を避けてお店に来るしで、もう、なんていうんだろ、恐縮しちゃう。
……あれで多分、私と一回りくらい違うんだもんなあ。なんか、年上の威厳とかについて考えちゃうよね。下手したらティアさんより気配り上手だもん。
綺麗な銀髪を肩口あたりで切りそろえてて、眉にかかるくらいに前髪から覗くマリンブルーの瞳がそれはもう綺麗で、いや、ほんと、かーわいいんだから。
ごほん。
ルクラちゃんはね、だから、ティアさんのお気に入り。なんとなく、ティアさんと一緒にいるところをみてると、容姿は全然違うのになんか親子みたいで、見てるこっちまでほんわかしちゃう。こんなこと言ったら、きっと怒られるけどね。
でもね、ルクラちゃんはお客さんでしょう?
誰が気に入ってるとか、気配り上手とか、どんなにいい子でもね。私は、お客さんと店員さんの一線っていうのかな、そういうのって、越えちゃいけないって思っていたんだよね。
隣の席に座って、お話しながら賄いを食べるなんて、言語道断。リーチャさんがそうしているのを見たときは、ちょっとね、眉をしかめちゃってた。
なのに、ティアさんは、「あれでいいんだよ」って言うんだよね。
最初はわからなかったんだけどね。
今日もルクラちゃんは、ランチタイムの閉店近くに来て、クリームシチューを食べてる。
席は、空いてるところに適当に。
カウンターに座ってもいいよって言ったんだけど、カウンター席はちょっと高いからテーブルのほうが良いんだって。小学生くらいの背丈のルクラちゃんが4人がけのテーブルに座ってると、テーブルもなんだかとても広く見える。
だからどうだって話なんだけどね。
リーチャさんも、ティアさんも、そういうことを気にするんだよね。
「こんにちは、隣、ご一緒していい?」
ティアさんに渡された賄いの目玉焼きハンバーグ丼を持って、ルクラちゃんに声をかけると、ルクラちゃんは元気な声で「はい!」って言ってくれた。
真向かいはちょっと気を使うかなと思って、斜め向かいになるように座る。
「美味しそうですね、それ……」
(じゅるり)とでも音を立てそうな顔、それってどんなだ? って思うかもしれないけど、なんかもうまさにそんな感じ。羨ましそうにこっちを見るから、「一口食べる?」って聞いたら、ルクラちゃんは嬉しそうに頷いた。
そういう些細なしぐさを見てるだけでも、ちょっと嬉しくなるんだよね。
私とルクラちゃんは友達でもないし、普段あんまり話すわけでもない、あくまで単なるお客さんと店員さんなわけだけど、これで喜んでくれる人が居るなら、つまり、これがルクラちゃんにとっての最良の接客なんだって、そういう考え方もあるんだ。
ティアさんが言いたかったのって、きっとそういうことなんじゃないかなあって、今はそう思ってる。
……ルクラちゃんと話すのを、『接客』って言ったら、ティアさん複雑な顔をしそうだなとも思うけど。
うーん、なんかね。やっぱり難しいけどね。
「どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないの。お仕事の事、考えてただけ」
考えてたら、心配して声をかけてくれるあたり、ルクラちゃんは本当に優しい。というより、臆病なのかな。周りで誰かがつらそうにしてると、自分までつらくなっちゃう。ルクラちゃんくらいの年頃だと、そういうの、あるよね。
あんまり気を使わせちゃ悪いから、何とかこっちから話題を提供しないとね。
こういうの、リーチャさんはすごく得意。友達と話してるみたいにぽんぽんとお客さんと話してて、本当に感心しちゃう。案外、お客さんの事を友達だと思ってるのかも、そのくらい自然体で働いてる。
リーチャさんの真似は出来ないけど、今くらいは努力してみてもいいかなって。
えーと、政治、宗教、野球の話はアウトだったよね。……野球? この島じゃ通じそうにないから、やっぱりアウトかな。
「え、えーと……」
「?」
話題って、探し出すとなんか急に見つからなくなっちゃう。
この島に来た目的とか、そういうの聞いてもいいんだけど、それって想像以上に重い話になったりするから、流石にまずいよね。
あ、出身地なんていいかも。話題づくりの鉄板だし。
「えっと、ルクラちゃんはどこから来たの?」
「龍の集落からです」
うん、そっかー。龍の集落から。うーん。
「そっかー」
……話題、終了。
いや、ちょっと待って、なんだろ。龍の集落ってなんだろう? そりゃ、千葉とか茨城とか、そういう風に言うとは思ってなかったよ? 埼玉とかだったら逆に驚きだもん。むしろ、龍の集落くらい言われる事を想像してなきゃダメっていうか、今更だけど。
あ、そうだ!
「そこって、どんな所?」
「自然が一杯で静かな所、ですね」
「そうなんだ」
……話題、終了ー。
ちょ、ちょっと待って。あれ? こんなはずじゃないって言うか。
「ユウさんは、どうしてここで働こうと思ったんですか?」
悩んでたら、ルクラさんが尋ねてくれた。まさかとは思うけど、気を使ってくれたんじゃないよね? いや、わからないけどさ。
「うーんとね、説明しにくいんだけど。……普通のことをやっておきたかったの」
「普通の事ですか?」
「うん、遺跡の探索とか、剣の練習とかじゃなくて、私が住んでたところでの、普通の事。そういうのがないと、なんだか全然、実感がわかなくて」
説明、下手だよね。ルクラちゃんは眉間にしわを寄せて、一生懸命考えてくれてる。
「ごめんね、説明下手で」
そういうと、ルクラちゃんは「いいえ」と花の様な笑顔を私に向けたんだ。
あー、どうしよ。
これじゃ、どっちが店員なんだかわからない。
何時からか、耳を澄ましてたティアさんが、カウンターの奥でくすくす笑ってるのが目に入ってしまって、まだまだだなあって頭を抱えた。
ティアさんにつられてルクラちゃんも笑っていて、私はなんだかよくわからない気恥ずかしさのあまり突っ伏してしまったんだ。
「はるかちゃん、ちょっと」
仕事が終わって、ティアさんに呼び出された。
ルクラちゃんとのあの会話、いくらなんでも拙いって怒られるのかなって思って、ちょっとドキドキしていたら、ティアさんはいたずらっぽく笑って。
「ね? リッチャんの接客も、奥が深いでしょ?」
そんなことを言われたら、そりゃもう、グゥの音も出ない。
お客さんと自然に話すのがあんなに難しいなんて、考えた事もなかったんだから。
まだまだ、『接客物語』には程遠いのかも。
うなだれていると、ティアさんは「本題はこれから」って、何故かちょっとまじめな顔で、私に言ったんだ。
「仕事の話じゃなくてね」
って。
「ねえ、次に探索行く時は、一緒に行ってみない?」
え?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
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人が生きていられる時間は決まってる。
だから、その時間を何に使うのか、どうやって使うのかが大事だって高校の先生がいっていた。 偽島に来るような探索者の人たちが、これまでの一生をどう使ってきたのかはわからないけど、ずっとずっと戦ったり自分を鍛えたりばかりってわけではないような気がする。 私だって、これまでは演劇ばかりの人生だったって言ってもいいような気はするけど、やっぱりそれだけではなかったもんね。 よい冒険者ってなんだろう? 思うんだけどね、誰よりも強かったり遺跡の探索がうまかったりとか、そういうのではないんじゃないかなあ。 きっと、そうじゃない時にも自分の日常を持っている人。 そういう人たちがよい冒険者なんじゃないかな、と、私は思うんだ。 すっごく遠回りな自画自賛と、私の身近な、すごい冒険者さんたちの自慢なんだけどね。 |
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