妖精の宿、裏庭。
ぱらぱらと降り積もる雪の中、私と船長さんが向き合ってる。
船長さんの手には一丁の銃。銃の違いとか、種類なんて全然わからないけど、一つだけ、はっきりしてる事がある。
船長さんが引き金を引いたらそれで終わりってこと。
銃の前に立つだけで、どんどん体力を消耗しているような気がしてくる。船長さんの突きつける銃の、真っ黒な銃口が、いつでも私の命を奪えるんだって、嫌でも確信してしまう。
今更、踵を返して逃げる事も出来ないし、短剣で思いっきり殴りかかろうにも、届く前に撃たれておしまい。
このまま待っていても、船長さんが引き金を引くのをただ黙って見ている事しか出来ない。
もう逃げられない。戦ったって勝ち目なんてない。
詰み。
私の命が詰んだ時。
どうすれば、いいのだろう?
覚悟を決めて、短剣を抜くのが正しいのかな?
それで?
そうすれば少しは生き残る可能性が増えるかもだよね。一パーセントでも、可能性が生まれる。いつまでも出来もしない可能性に甘えて何もしないよりはずっと正しい。
ね。答えは簡単。もうどうしようもなくなったら、殺す覚悟をしないといけない。
わかってるんだよ。わかってる。
……けど。
一瞬、頭をよぎったのは、もしかしたら、船長さんは撃たないんじゃないかって事。
練習だから、私だから、理由がないから。
案外、このまま突っ込めば何事もなかったみたいに試合を続けられるんじゃないかって、……考えた。
ダメだよね。そんなの。
それじゃ、何も変わらない。
実戦じゃないから、なんて理由で切り抜けられたって、誰も認めてくれないんだ。
もし他の冒険者ならどうするんだろう?
例えば、審判をやってくれてるティアさんなら、不思議な魔法でどうにかできるのかも。
銃弾をよけられる人だっていそう。漫画やアニメみたいに剣で弾いたりできる人だって居るのかもね。
私は?
何にも出来ない。突きつけられたら、はい、終わり。
……こんなのって、ないよ。
弱いから、殺したくないから、逃げ回ってるのに。
弱いから、何にも出来ない。
「こんなところだね」
ティアさんが、終わりの合図代わりに言った。
テーブルに座ったティアさんの手元に、私のコートがある。ティアさんが席を立った所なんて見てないから。最初の最初、船長さんは私のコートを払う時に、地面に落ちないように気を使って、ティアさんの手元に飛ばしたみたい。
それだけじゃない、体当たりした時は、私が怪我をしない用に剣を引いてくれた。銃を突きつけた時だって、……突きつける必要なんてない、すぐに撃ってしまっても良かっはずだよね。
私に、考える時間をくれたんだ。
全然、ダメじゃん。
「……私の、負けです」
負けって、今、死んだってことだよね。
遺跡の中で、銃を持った魔物に襲われて、何にも出来ずに。
逃げるなんて言って調子に乗ってただけで。
俯く私に、船長さんはいつもどおりの口調で言う。
「思ってたより動けるじゃねぇか。発想も悪くねぇ。だが……」
だが、『いざという時に短剣を抜けねぇようじゃ』
わかってる。わかってるよ。
本当にどうしようもなくなった時、覚悟を決められないと。
だけど、そんな言葉、聞きたくないから。
「飛び道具なんて、ずるいです」
言い訳みたいに、そう口走ってた。
「あァ?」
船長さんの目が、ジロリとこっちを向いた。
「なら次はテメエの言うように素手でやってやる。銃もサーベル持たねェ」
怒ってた、すごく。
聞き分けの悪い私に、かな。それとも、私の甘さに。
そんな顔を見たのは、初めてだった。
何にも言い返せなかったのは、わかってたから。
例え素手でも、私は船長さんには敵わない。逃げ切ることだって出来やしない。
それに、「ずるい」なんて、きっと、誰も聞いてくれない。
「エイテン君、そこまでにしなね。悠ちゃんも、よくわかったでしょ?」
「……あんなの、どうしようもないじゃないですか」
「そうかしら?」
ティアさんが平然と微笑んだ。
そりゃ、ティアさんならどうにかできるのかもしれない。ポッターみたいに銃を弾き飛ばしたり、相手を転ばせたりとか。
「よぉ、ティア。じゃあ、アンタならどうにかなるってのかァ?」
でもそんなの、私には真似できない。
模範演技ってわけじゃないと思う。
終わったはずなのに、船長さんはティアさんに向き直った。
表情は真剣なまま、怒ったような顔、テーブルに座ったままのティアさんに銃口を定めた。
「出来るわよ。魔法を使えばね」
ティアさんは、意に介せずにさっと手を振った。
ティアさんの手には、いつの間にか船長さんの好きなラムのボトルが握られていて。いつの間にか、テーブルにはグラスが三つ用意されていて。
ティアさんが、魔法を使ってそれらを用意したんだってことくらいは、私にもわかった。
「ここまではただの魔法。これからが、本当の魔法よ」
私には、ティアさんが何をしたいのかさっぱりわからなかった。
お酒なんて用意してどうするんだろう? って、落ちてしまいそうな思考を引っ張りあげて、考えただけ。
でも、船長さんにはすぐにぴんと来たみたいだった。
「アンタァ撃ってそいつを奪うことだって出来るんだぜ?」
「かもね? でも、皆で飲んだほうが美味しいじゃない?」
船長さんの手には銃。ティアさんの手にはラムのボトル。
ティアさんは、船長さんの答えを待たずにグラスにお酒を注いでいく。
三人分、注ぎ終わると、「悠ちゃんもそこに座りなさい」と椅子を引いてくれた。
船長さんだけは、立って、銃を突きつけたまま、ティアさんをじっと、にらんでる。
「どうして俺がアンタのやり方にあわせる必要がある?」
「ないわよ。でもエイテン君は撃たないわ」
しばらくの間、船長さんとティアさんはにらみ合っていた。
一人は、真剣に、一人は、微笑んで。
私は、ただ見てた。
ティアさんの、魔法。
どのくらい経ったかな。
多分、そんなに経ってないと思う。
船長さんは、ふ、と笑うと「ほとんど詐欺じゃねェか」とぼやいた。それから、何事もなかったかのように椅子に座って、自分の分のグラスを仰いだんだ。
ティアさんは満足気に笑うと、「ね、こういうやり方もあるのよ」と自分のグラスを弾いた。
こんなの、まねできっこない。船長さんの言うように、詐欺みたい。
詐欺だけど、でも、ティアさんの素敵な魔法。
「島の皆と仲良くなっちゃえば、誰からだって逃げられるわよ」
「ま、ユウにはこっちのほうがあってっかもなァ」
簡単に言うよね。
でも、最後には覚悟して剣を抜くより、こういうやり方のほうが確かに、好きかもって、やっぱり私も思うわけで。
「私、一つだけ、方法を思いついてたんです」
「あァ? 言ってみろよ」
「船長さんは、もしかしたら、撃たないんじゃないかなって。だから、普通に飛びかかればって」
「テメエ、ほんとに何もわかってねえみたいだな……」
船長さんは、心底わずらわしそうに、顔をしかめた。
私、ずれてるかもね。
ティアさんの言った『逃げられない状況』のことも、『宿題』のことも、船長さんがとっくに済ませている覚悟の事も、本当のところは、何にもわかってないのかもね。
でも、今は、そのわかっていない事が悔しくて悔しくて、
「船長さん、私、最後まで覚悟なんて決めてやらないんだから! ギリギリまで、覚悟なんて決めないって、今、決めたんだから!」
気がついたら、そう叫んでた。
ティアさんも船長さんも、やっぱり何か言いたげな顔をしていたけれど。
「今日はもう帰ります!」
そう宣言して、逃げる用に宿を後にしたんだ。
何故か、そのままそこにいたら泣いてしまいそうな気がして、目じりに浮かんだ涙を、ぐぃっと拭った。
その日から、船長さんのことがなんとなく、気になるようになった。恋とかじゃないと思う。尊敬っていうのも、ちょっと違う気がする。怖いって思ったのが最初で、船長さんはそれでも撃たないんじゃないかなって勝手に甘えて、だけど、やっぱり船長さんはいざという時には迷わずに撃つ人なんだなあって納得して。
なんだろう、普通に話しているだけでは感じない、本質的な意味での私と冒険者達との違い。
そういうものを、初めてしっかりと、肌で感じたのかも。
私は、そういう人たちと肩を並べたいのかな。
それは、ちょっと違う気がする。
漠然と、漠然とね。
私は、牧野瀬悠っていうあまっちょろい日本人のままで、何とかこの人たちに認められたいって、船長さんに認められたいって、そう思うようになったんだ。
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